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MLB

【MLB今日は何の日】オーナーと監督の奇妙な愛憎劇。ビリー・マーティンが5度目のヤンキース監督解任

出野哲也

2020.06.23

マーティン(左)とスタインブレナー(右)、強烈な個性を持つ2人は何度も衝突と和解を繰り返す“奇妙なカップル”だった。(C)Getty Images

マーティン(左)とスタインブレナー(右)、強烈な個性を持つ2人は何度も衝突と和解を繰り返す“奇妙なカップル”だった。(C)Getty Images

 短気で独善的なオーナーと直情径行で己を曲げない監督。ニューヨーク・ヤンキースのジョージ・スタインブレナーとビリー・マーティンはまさに「愛憎半ば」という言葉がぴったりの関係だった。

 1975~85年にかけての11年間で、2人は4回もくっついたり別れたりを繰り返した。76年にリーグ優勝、77年に世界一を勝ち取ったが、78年途中に最初の解任。翌年途中に早くも復帰したが、セールスマンへの暴力事件で2度目の解任……といった具合に短期間で就任→クビというパターンを繰り返した。

 それだけに、87年10月に5度目の監督復帰を果たした際も、ほとんどの人間が長くは持たないだろうと予想していた。そして、実際その通りになった。

 88年6月23日、ヤンキースはマーティンの解任を発表した。その時点で40勝28敗でア・リーグ東地区2位と成績は悪くなかったが、直近の9試合で7敗、20日からのデトロイト・タイガースとの首位攻防戦では3タテを食らい、しかもすべてサヨナラ負けだったことがスタインブレナーの逆鱗に触れたのだ。
 
 だが、理由はそれだけでない。マーティンは5月初めのテキサス遠征の際にストリップバーで喧嘩して顔面を負傷。直後の試合では審判に砂をかけ退場、6月にも同じことをやらかして3試合の出場停止処分を科せらるなどトラブル続きだった。

 もっとも、この種の騒動はどれもこれもマーティンにとっては通常営業。その意味では解任もまた通常営業ではあった。「ここでは予期できないことを予期しなくてはならない。それでもやっぱり少しは驚いた」と感想を述べたのは、主砲のドン・マッティングリー。後任監督に選ばれたのは、マーティンの前任ルー・ピネラだった。GMに転身していた彼は、マーティンとの確執により5月末に辞任していたところを、再度引っ張り出されたのだ。

 解任の直前には「今度クビにされたら、もう二度とヤンキースの監督はしない」とマーティンは言っていた。にもかかわらず、89年オフには「6度目」も近いと噂されていたが、それは現実とはならなかった。同年12月25日、友人のピックアップトラックに同乗していた彼は交通事故により、波乱に富んだ61年の人生を終えたのだった。

文●出野哲也

【著者プロフィール】
いでの・てつや。1970年生まれ。『スラッガー』で「ダークサイドMLB――“裏歴史の主人公たち”」を連載中。NBA専門誌『ダンクシュート』にも寄稿。著書に『プロ野球 埋もれたMVPを発掘する本』『メジャー・リーグ球団史』(いずれも言視舎)。

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