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プロ野球

【森下暢仁のアマチュア時代】U18時点でも上位指名のポテンシャル。大学で成長曲線は鈍ったが…〈SLUGGER〉

西尾典文

2021.02.10

ケガに苦しんだ森下が、ようやく本領を発揮し始めたのは4年春からだったという。写真:徳原隆元

ケガに苦しんだ森下が、ようやく本領を発揮し始めたのは4年春からだったという。写真:徳原隆元

 毎年新たなスターが出現するプロ野球の世界。しかし年俸が数億円を超えるような選手も、必ずしもプロ入り前から高い評価を受けてきたわけではない。そんなスター選手のアマチュア時代の姿を年間300試合現地で取材するスポーツライターの西尾典文氏に振り返ってもらった。今回は昨年見事な活躍を見せてセ・リーグの新人王に輝いた森下暢仁(広島)を取り上げる。

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 森下の投球を初めて見たのは2015年夏の大分大会の別府青山・翔青戦だ。味方の援護がなく6回までは0対0という重苦しい展開だったが、立ち上がりから145キロを超えるストレートで相手打線を圧倒し、最終的に3安打、9奪三振完封と全く危なげない投球を見せている。

 結局、大分大会の決勝で明豊に敗れて甲子園出場は逃したものの、U18侍ジャパンにも選ばれており、この時点でプロ志望でも上位指名となる可能性は高かっただろう。ちょうどU18に招集される直前に雑誌の取材でインタビューする機会があったが、ブルペンで見せてくれた投球も惚れ惚れするようなボールを投げていた。
 
 しかし大学での4年間は決して順風満帆だったわけではない。1年春の新人戦で先発した時は、3回途中で投げ終わった後にうずくまり緊急降板。右肘の骨折が判明してその年はほとんど成績を残すことができなかった。翌年春には先発の一角に定着したものの、秋には再び故障。高校3年時のピッチングから比べると、その成長曲線はどうしても物足りなく映っていた。

 ようやく本領を発揮し始めたのは4年春からである。登板する試合では常に150キロを超え、試合終盤まで球威も落ちず、まさに大車輪という活躍だった。本人は主将を任されたことが大きかったとも話していたが、下級生の頃の物足りなさを最終学年でここまで一気に払拭した例はそう多くはないだろう。

 ちなみに森下が高校3年時に出場したU18W杯の侍ジャパンは、高橋純平(ソフトバンク)、小笠原慎之介(中日)、平沢大河(ロッテ)、オコエ瑠偉(楽天)などプロで苦しんでいる選手が多い印象を受ける。そんな同世代に刺激を与える意味でも森下には2年目のジンクスを吹き飛ばすような活躍を今年も期待したい。

文●西尾典文

【著者プロフィール】
にしお・のりふみ。1979年、愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。アマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。

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