プロ野球史において、実に1000人以上の助っ人外国人がプレーした。この記事では、その中でも各球団で史上最長の在籍年数を記録した選手を、投手・野手に分けてそれぞれ紹介する。今回はセ・リーグ編だ。今回はパ・リーグ編だ。
▼ソフトバンク
投手:ジョー・スタンカ(6年/1960~65年)、リック・バンデンハーク(2015~20年)
野手:ケント・ハドリ(6年/62~67年)
プロ野球黎明期から存在する古豪だが、その割に長期間、在籍した助っ人は意外と少ない。野手最長のハドリは6年間すべてで110試合に出場し、66年には外国人選手史上初の通算100本塁打を達成している。一方、投手も同じ6年で2人がトップタイ。スタンカは196センチの長身から投げ下ろす重い速球を武器に、6年間で94勝を記録。同じく先発として活躍したバンデンハークは、15年のデビュー戦から2年越しで14連勝を達成。通算43勝を挙げている。在籍年数自体は14年から在籍しているサファテが最長(7年)だが、ここ2年登板がなく、実働では5年にとどまっているために除外した。
▼ロッテ
投手:荘勝雄(11年/85~95年)
野手:レロン・リー(11年/77~87年)
投打ともに10年以上在籍した助っ人がいるチームは、12球団でも他に例がない。もっとも、80年代半ばに台湾からやってきて、技巧派右腕として先発にリリーフにとフル回転した荘はプロ7年目の91年終了後に日本に帰化している。一方、11年間にわたって中軸として活躍したリーは、打率3割を下回ったのがラストイヤーの87年だけと史上有数のアベレージヒッターぶりを発揮。通算打率.320は4000打数以上の打者で歴代2位の記録である。また、弟のレオンも78~82年に兄とともにロッテに在籍し、兄が4番、弟が5番のコンビで活躍した。こちらは兄とは異なり、ロッテ、大洋、ヤクルトの3球団を渡り歩いたが、NPB通算在籍年数はちょうど10年である。
▼西武
投手:郭泰源(13年/85~97年)
野手:アレックス・カブレラ(7年/01~07年)、エルネスト・メヒア(14年~)
84年のロス五輪台湾代表として活躍し、“オリエント・エキスプレス”と呼ばれた郭は、1年目からいきなり156キロを計測して当時の史上最速記録を更新。途中からはスライダー、シュートを卓越したコントロールで操る技巧派に転身し、“投手王国”と呼ばれた西武黄金時代の一翼を担った。なお、西武の助っ人で10年以上在籍した投手は、郭と同じ台湾出身の許銘傑がいる。一方、野手の最長は来日2年目の02年に55本塁打を放ったカブレラ。西武退団後もオリックス、ソフトバンクと渡り歩き、NPB在籍は通算で12年に達する。メヒアは今季も引き続き西武でプレーするため、カブレラを抜くことはほぼ確実だ。
▼ソフトバンク
投手:ジョー・スタンカ(6年/1960~65年)、リック・バンデンハーク(2015~20年)
野手:ケント・ハドリ(6年/62~67年)
プロ野球黎明期から存在する古豪だが、その割に長期間、在籍した助っ人は意外と少ない。野手最長のハドリは6年間すべてで110試合に出場し、66年には外国人選手史上初の通算100本塁打を達成している。一方、投手も同じ6年で2人がトップタイ。スタンカは196センチの長身から投げ下ろす重い速球を武器に、6年間で94勝を記録。同じく先発として活躍したバンデンハークは、15年のデビュー戦から2年越しで14連勝を達成。通算43勝を挙げている。在籍年数自体は14年から在籍しているサファテが最長(7年)だが、ここ2年登板がなく、実働では5年にとどまっているために除外した。
▼ロッテ
投手:荘勝雄(11年/85~95年)
野手:レロン・リー(11年/77~87年)
投打ともに10年以上在籍した助っ人がいるチームは、12球団でも他に例がない。もっとも、80年代半ばに台湾からやってきて、技巧派右腕として先発にリリーフにとフル回転した荘はプロ7年目の91年終了後に日本に帰化している。一方、11年間にわたって中軸として活躍したリーは、打率3割を下回ったのがラストイヤーの87年だけと史上有数のアベレージヒッターぶりを発揮。通算打率.320は4000打数以上の打者で歴代2位の記録である。また、弟のレオンも78~82年に兄とともにロッテに在籍し、兄が4番、弟が5番のコンビで活躍した。こちらは兄とは異なり、ロッテ、大洋、ヤクルトの3球団を渡り歩いたが、NPB通算在籍年数はちょうど10年である。
▼西武
投手:郭泰源(13年/85~97年)
野手:アレックス・カブレラ(7年/01~07年)、エルネスト・メヒア(14年~)
84年のロス五輪台湾代表として活躍し、“オリエント・エキスプレス”と呼ばれた郭は、1年目からいきなり156キロを計測して当時の史上最速記録を更新。途中からはスライダー、シュートを卓越したコントロールで操る技巧派に転身し、“投手王国”と呼ばれた西武黄金時代の一翼を担った。なお、西武の助っ人で10年以上在籍した投手は、郭と同じ台湾出身の許銘傑がいる。一方、野手の最長は来日2年目の02年に55本塁打を放ったカブレラ。西武退団後もオリックス、ソフトバンクと渡り歩き、NPB在籍は通算で12年に達する。メヒアは今季も引き続き西武でプレーするため、カブレラを抜くことはほぼ確実だ。