MLB

負けられない試合ばかりが続く“ヒリヒリした戦い”の渦中で躍動する鈴木誠也。「しんどいのはしんどい」中にも滲む充実感<SLUGGER>

ナガオ勝司

2023.08.30

一時期の不振から脱し、打線の中心としてチームを牽引する鈴木。プレーオフ出場へ向け、負けられない戦いが続く。(C)Getty Images

 危険な罠を一蹴するのもプロの技――8月27日の日曜日の午後、ピッツバーグでの出来事だ。

 パイレーツとのシリーズ最終戦で、7回まで5対1とリードしていたカブスは8回、先頭の鈴木誠也外野手が左翼手の左へライナー性の打球を打ち返した。いわゆる「左翼線」というわけではなかったので、微妙なタイミングだと思ったが、鈴木は迷うことなく一塁を蹴り、二塁を陥れた。

 ちょっとしたアクシデントが起きたのは、その後だった。

 次打者の中飛で三塁に進んだ鈴木は、続く7番ジェイマー・キャンデラリオの投ゴロで、本塁に突っ込んだ。そこでふと気がついた。本塁ベースのすぐ後ろ、彼が今まさに滑り込もうとする進路に、ベースボールに絶対不可欠な、あの道具が転がっているではないか……危ない。

「いやいや、もう走ってる瞬間に、あそこにバットが落ちてたんで、『おいっ!』て思いましたけど、蹴っちまえと思って」

 これまた微妙なタイミングに見えたが、そこは正真正銘、プロのスライディングである。いわゆる「追いタッチ」になるキャッチャーのミットの一寸先を、猛然と滑り込みながら間一髪でセーフになった。

「とりあえず、バットの上に乗っかったら自分の足をやると思ったので、下からすくい上げるように蹴れたんで。爪先立ってのでちょっと痛かったけど、大丈夫。あれでアウトになってたらキャンディのせいですね」
 
 進路走害のバットは鈴木に蹴飛ばされ、ロケット弾のようにネット裏まで吹っ飛んだ。
 
 勇猛果敢なスライディングに沸いたのは、味方のベンチである。次打者のニック・マドリガルや、チームリーダーのコディ・ベリンジャーだけではなく、接戦続きのデビッド・ロス監督、継投策に悪戦苦闘しているトミー・ホットビー投手コーチまでがなんだか嬉しそうだった。

 大事なのは、そのワンプレーが、日に日に激化するペナントレースの真っ只中、大谷翔平(エンジェルス)がいつか口にした「ヒリヒリした」闘いの中で起こったということだろう。

 鈴木が「スタメン落ち」(前回記事参照)した8月1日の時点で、カブスは54勝53敗(勝率.505)で、ナ・リーグ中地区首位のレッズ、2位ブルワーズに4ゲーム差の3位だった。ワイルドカード争いでは、プレーオフ進出圏内の3位までにジャイアンツ、フィリーズ、ブルワーズが1ゲーム差でひしめき合っていた上に、ダイヤモンドバックス、マーリンズ、そしてカブスが3位に3.5ゲーム差だった。

 ところが、鈴木がスタメンに復帰し、8月15日までの2週間で打率.321/出塁率.345/長打率.750(OPSは1.095)と調子を上げると、チームも中地区で首位に浮上したブルワーズに1ゲーム差の2位、ワイルドカード争いでも、3位マーリンズに1ゲーム差の4位に順位を上げてきた。

 鈴木とカブスの快進撃はそれで終わらない。

 8月16日から、パイレーツとのシリーズ最終戦が行われた27日までの11試合で、鈴木は打率.400/出塁率/.444/長打率.725(OPS1.169)とさらにギアを上げた。カブスも8勝3敗と大きく勝ち越し、ナ・リーグ中地区2位を堅持しながら、ワイルドカードではとうとう、プレーオフ進出圏内の2位にまで順位を上げたのだ。
 
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「最後まで諦めずに戦って、最後は笑って終われたらなと思います」