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プロ野球

涌井放出は至極納得。スカウト上がりの球団本部長が仕掛けたロッテ浮上への周到な一手

氏原英明

2019.12.22

涌井の放出は若手の台頭を推し進める方針の一環だろう。写真:徳原隆元

涌井の放出は若手の台頭を推し進める方針の一環だろう。写真:徳原隆元

 実に理にかなったチームマネジメントだ。
 
 ロッテが、このほど看板選手の一人、涌井秀章を金銭トレードで楽天に放出した。「放出」という言葉だけだと暗いイメージもするが、「チーム作り」という観点でみれば、至極納得のいくものだ。

 井口資仁監督を招聘して2年が経ち、鳥越祐介ヘッド、吉井理人ピッチングコーチを据えた今のロッテは、これまでにないほどにチームが変化しようとしている。この流れに逆らう必要はなく、変化の象徴である「若手の台頭」を推し進める決断は、ポジティブなものと言えるだろう。
  
 このチーム作りを進めたのが松本尚樹。スカウトから球団本部長にまで成り上がった実力者だ。
 
 松本と言うと、いかにも人格者然としている風貌からは想像できないほどに、大胆な決断ができる人で、かつ、人情味にもあふれている。

 思い返すのは、彼が現役を引退した翌年、まだ関西の担当スカウトだった2002年のことだ。当時のドラフトは、松坂世代が大学4年を迎える大豊作の年だった。

 12人の自由枠指名があったほどで、一方、自由枠のない高校生の中では春の選抜を制した報徳学園のショート尾崎匡哉(のちに日本ハム)や夏の覇者・明徳義塾のキャプテン森岡良介(のちに中日、ヤクルト)、150km左腕として評価が高かった高井雄平(のちにヤクルト)がいた。

 しかし、その中でロッテは「3位相当」の評価だった西岡剛を単独1位指名し、あっと驚かせたのである。その西岡をつぶさに追いかけていたのが松本だった。

 ロッテにおける西岡の活躍は周知の通りである。05年にレギュラーに定着すると、打率.268ながら41盗塁をマークしてタイトルを獲得。リーグ優勝と日本一に貢献した。翌06年には第1回WBCでも優勝に貢献。その後もロッテの看板選手となり、10年にはシーズン200安打を達成。首位打者にも輝き、2度目の日本一を達成している。
 
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