侍ジャパンの試合前練習のベンチには、いつも人だかりができている。指揮官の稲葉篤紀監督の囲み取材があるからだ。
前監督の時も、試合前の即席会見が開かれることは少なくなかったが、稲葉監督の場合、和やかではなく、かといっても、厳しすぎない空気の中で、毎日、インタビューは行われていた。
5分ほどの時間ではあるものの、記者が矢継ぎ早に稲葉監督に質問を投げかけ、それに指揮官は呼応して行った。両者の間には、良好な関係を感じずにはいられなかった。
稲葉監督の取材をしていて感じるのは、どのような質問に対しても、冷静に語る対応力のうまさだ。分かりやすく言えば、「説明責任」を怠らない器の大きさを感じるのだ。
おそらく、稲葉監督が選手からの評判が良いのも、コミュニケーション能力が高い上に、選手を駒としてではなく、一人一人をリスペクトしているからに他ならない。
例えば、こんなやり取りからも、指揮官の選手へのリスペクトは感じられた。
「なかなか打席がなかった選手を打席に立たせて、試合の雰囲気を感じてもらう。そのことは意識しました」
世界野球プレミア12のスーパーラウンド第4戦でのことだ。消化試合だったこのゲームに際して、それまでは控えに甘んじていた選手を積極的に起用し、主力の疲労が決勝戦に残らないように配慮しながらの起用は、実に機転のきいたマネジメントだった。
世間的に「世界野球プレミア12」が勝たなければいけない試合という意識が強くなかったとはいえ、地元で開催している以上は優勝しないと評価されない。しかし、そんな中にあっても、稲葉監督は選手の気持ちを最大限に配慮した起用を行っていたのだった。
当然、その意図や思いをメディアに隠そうとはしなかった。
勝てば官軍、負ければ賊軍とはよく言ったもので、メディアはどうしても結果に左右された記事を書くことが往々にしてある。だから、取材される側も口を閉ざしがちになるが、稲葉監督のスタンスは、常に侍ジャパンの指揮官として、矢面に立つ姿勢だった。
プレミア12の優勝決定後、涙を見せた稲葉監督はその理由をこう説明した。
「山田(哲人/ヤクルト)や浅村(栄斗/楽天)が一塁をやってくれたり、外崎(修汰/西武)はいろんなポジションを守った。投手陣も慣れない第2先発をやってくれたり、みんなが世界一を取るために一生懸命やってくれた。
そこにこみ上げてくるものがあった。今回はジャパンに対して特に熱いメンバーが集まってくれた。最後まで熱いメンバーでやりたいと思いますし、これからもいいメンバーで戦っていきたいと思います」。
2020年はいよいよ東京五輪を迎える。シーズン中の代表への参加は、選手にとって調整の難しさが強いられることだろう。候補選手の中には、それを危惧するタイプもいるだろう。ただ、稲葉監督であるなら、と感じている選手は少なからずいるはずだ。
新たな侍ジャパンの指揮官像というものを、稲葉篤紀監督は我々に見せている。
取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)
【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園という病』(新潮社)、『メジャーをかなえた雄星ノート』(文藝春秋社)では監修を務めた。
前監督の時も、試合前の即席会見が開かれることは少なくなかったが、稲葉監督の場合、和やかではなく、かといっても、厳しすぎない空気の中で、毎日、インタビューは行われていた。
5分ほどの時間ではあるものの、記者が矢継ぎ早に稲葉監督に質問を投げかけ、それに指揮官は呼応して行った。両者の間には、良好な関係を感じずにはいられなかった。
稲葉監督の取材をしていて感じるのは、どのような質問に対しても、冷静に語る対応力のうまさだ。分かりやすく言えば、「説明責任」を怠らない器の大きさを感じるのだ。
おそらく、稲葉監督が選手からの評判が良いのも、コミュニケーション能力が高い上に、選手を駒としてではなく、一人一人をリスペクトしているからに他ならない。
例えば、こんなやり取りからも、指揮官の選手へのリスペクトは感じられた。
「なかなか打席がなかった選手を打席に立たせて、試合の雰囲気を感じてもらう。そのことは意識しました」
世界野球プレミア12のスーパーラウンド第4戦でのことだ。消化試合だったこのゲームに際して、それまでは控えに甘んじていた選手を積極的に起用し、主力の疲労が決勝戦に残らないように配慮しながらの起用は、実に機転のきいたマネジメントだった。
世間的に「世界野球プレミア12」が勝たなければいけない試合という意識が強くなかったとはいえ、地元で開催している以上は優勝しないと評価されない。しかし、そんな中にあっても、稲葉監督は選手の気持ちを最大限に配慮した起用を行っていたのだった。
当然、その意図や思いをメディアに隠そうとはしなかった。
勝てば官軍、負ければ賊軍とはよく言ったもので、メディアはどうしても結果に左右された記事を書くことが往々にしてある。だから、取材される側も口を閉ざしがちになるが、稲葉監督のスタンスは、常に侍ジャパンの指揮官として、矢面に立つ姿勢だった。
プレミア12の優勝決定後、涙を見せた稲葉監督はその理由をこう説明した。
「山田(哲人/ヤクルト)や浅村(栄斗/楽天)が一塁をやってくれたり、外崎(修汰/西武)はいろんなポジションを守った。投手陣も慣れない第2先発をやってくれたり、みんなが世界一を取るために一生懸命やってくれた。
そこにこみ上げてくるものがあった。今回はジャパンに対して特に熱いメンバーが集まってくれた。最後まで熱いメンバーでやりたいと思いますし、これからもいいメンバーで戦っていきたいと思います」。
2020年はいよいよ東京五輪を迎える。シーズン中の代表への参加は、選手にとって調整の難しさが強いられることだろう。候補選手の中には、それを危惧するタイプもいるだろう。ただ、稲葉監督であるなら、と感じている選手は少なからずいるはずだ。
新たな侍ジャパンの指揮官像というものを、稲葉篤紀監督は我々に見せている。
取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)
【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園という病』(新潮社)、『メジャーをかなえた雄星ノート』(文藝春秋社)では監修を務めた。