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プロ野球

鬼のごとく選手を鍛え抜いた地獄の伊東キャンプ、「逃げるな!」と20発以上も往復ビンタ……“ミスタープロ野球”長嶋茂雄の熱血漢エピソード<SLUGGER>

筒居一孝(SLUGGER編集部)

2025.06.04

伊東キャンプで選手を指導する長嶋。地獄のキャンプにあって、当時の教え子には今も長嶋のことを慕う人物が多い。写真:産経新聞社

伊東キャンプで選手を指導する長嶋。地獄のキャンプにあって、当時の教え子には今も長嶋のことを慕う人物が多い。写真:産経新聞社

 6月3日に亡くなった“ミスタープロ野球”こと長嶋茂雄は数々のユーモラスな言動で人気を集めたが、一方で人並み外れた闘志の持ち主でもあった。現代なら炎上間違いなしのものも含め、“ミスター”の熱血漢ぶりを物語るエピソードを紹介しよう。

●伝説となった“地獄の伊東キャンプ”で鬼のごとく

 1979年、長嶋監督率いるジャイアンツは5位に低迷。これに長嶋は燃えた。逆襲のためには、とにかく若い選手を鍛えなければならない。そう思った長嶋は、立教大時代に慣れ親しんだ静岡県伊東市で、10月28日から11月21日までの約1ヵ月間、キャンプを行った。これは事実上、史上初の本格的な秋季キャンプでもあった。

 メンバーは江川卓や中畑清、篠塚利夫ら20代前半の選手が中心の18名。彼らの証言によれば、この時の長嶋はまさに鬼そのものだったという。

 投手陣には1日300球の投げ込みに、200回ずつ腹筋・背筋を課し、誰かがへばったり文句を言ったりすると回数が加算された。野手陣には千本ノックが行われ、長嶋監督じきじきに選手の顔めがけて殺意のこもった打球を放ったという。「心を鍛える練習」と称してグラブを脱がされ、暗くなってボールが見えなくなると石灰をつけてまで練習を続ける徹底ぶり。あまりの激しさに、選手たちは食事が喉を通らなくなったとか、風呂に入った途端にぶっ倒れたとか、寝たら一瞬で朝にタイムワープしていたとか、そんな劇画じみた逸話がいくつも残っている。

 当時43歳の長嶋がすごかったのは、急勾配の荒れた道でランニング練習を課した時のこと。あまりの猛練習に不満を溜めた選手たちが、「ミスターもやれよ!」とはやし立てた。受けて立った長嶋、走り出したはいいがなかなか戻ってこない。選手たちがさすがにやばいんじゃないかと思った矢先、よれよれの姿で戻ってきたという。監督自ら激しい練習メニューを貫徹としてとあっては、選手たちもやらないわけにはいかなかっただろう。

 翌年は61勝60敗の3位に終わり、長嶋監督は事実上の解任となったが、81年は後任の藤田基司監督の下、この時のキャンプで鍛えられた選手たちが投打の主力となり、見事日本一を果たしている。
 
●ブン殴られて覚醒した西本

 79年8月1日の広島戦。この日の巨人は7回時点で6点をリードしていながら、最終的には8対8で引き分けに終わり、勝てる試合を落とした。“戦犯”は先発の西本聖と、9回に登板した角三男。西本は7回に2死から3者連続死球(ちなみに1イニング3死球は史上最多記録)で満塁のピンチを作り、この回3失点。角は1点リードの9回裏にワイルドピッチで同点に追いつかれるという不甲斐ないピッチングを演じていた。

 試合後、西本と角は監督室に呼び出された。長嶋は泣きながら、2人を20発以上も往復ビンタ。「逃げるな!」「命まで取られるわけではないだろ!」との叫びが、西本も角も印象に残っているという。10日後の大洋戦で先発した西本は2安打完封勝利。翌年には初の2ケタ勝利、81年には18勝で沢村賞も獲得するなど、往復ビンタ後に覚醒を遂げた。西本はこの事件のことを自著のタイトルにもしているほど(『長嶋監督20発の往復ビンタ』2001年・小学館)で、「長嶋監督に男にしてもらった」と今も感謝している。

●大物助っ人に「ユーはマンだろ!」

 第一次長嶋監督時代、デーブ・ジョンソンという大物助っ人が在籍していた。ほかならぬ長嶋の引退を受けて、その後継者として75年に獲得。73年はブレーブスで43本塁打を放ち、前年にも136試合に出場したバリバリの現役メジャーリーガーだった。だがこのジョンソン、本職は三塁ではなく二塁手だったため守備の負担が大きかったのか、いまひとつ打撃の調子が上がらなかった。

 その不甲斐なさに怒った長嶋が(翌76年にジョンソンが右手親指の故障で一時帰国を願い出たことが不満だったとの説もある)、とんでもない行動に出た。風呂上がりのジョンソンが腰に巻いていたタオルをはぎ取り、股間を指さして怒鳴った。「ユー(You)はマン(Man)だろ!」(「お前は男じゃない、オカマだ!」と言ったとの話も)。

 ジョンソンは発奮するというより、いたくプライドを傷つけられたようだ。後年このことを振り返っていわく、「僕は生まれて初めて他人をぶん殴りそうになったが、我慢した」。結局、長嶋とはスタメン起用などを巡っての確執もあり、翌76年限りでジョンソンは巨人を退団。引退後はメッツやオリオールズなどで監督を歴任し、通算1372勝。2009年の第2回WBCではアメリカ代表の指揮を執っている。

文●筒居一孝(SLUGGER編集部)
 

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