「あの本塁打もたまたまと言うか、とりあえず振ったら当たった、みたいな感じなので、自分の中でしっかり、打てると思って打ってるわけじゃない。その辺の摺り合わせもしっかりやっていきたい。打席数が限られているんで、できる限り集中して、できる限りシーズンに近づいてる感じでやれたら良いかなと思う」
洋の東西を問わず、WBCに参加するすべての選手に共通することがある。それは、今の彼らには、WBCの後に控えるレギュラーシーズンのことを考えている余裕があまりないということだ。
「とりあえず、守備と長い時間グラウンドに立つってことが大事だと思う。いきなり9イニングとかさすがにしんどいと思うんで、残り3試合しかないんでどうなるかなと思うし、あとは気合で行きます」
そこでふと思う。今回の「侍ジャパン」参加。鈴木には特別な思いもあるのではないか、と。
「前回、怪我をして、すごく迷惑かけたところもあるので、体調面っていうのはすごく気をつけながらやってはいます。しっかりチームの貢献できるように、怪我なく、いいパフォーマンス出せるようにやっていきたい」
前回=2023年の第5回大会、鈴木は大谷翔平(当時エンジェルス)や、吉田正尚(レッドソックス)、村上らと強力打線を組むはずだった。ところが、オープン戦初戦で左脇腹を痛めて出場辞退を余儀なくされたのだ。当時の彼のコメントを読み返すと、気丈に前向きになっている部分と、自分に対する怒りのような感情が交錯しているのがよく分かる。
「いろんなことをやってきた中でこうなってしまったので、もう少し考えてやらなきゃいけなかったのかなとは思うけど、実際にトレーニングして、こうやってなったからって後悔はないです。自分なりに課題を見つけてやってきたので、状態的にはすごく良かったですし。ただ、もう少し何か出来たんじゃないかっていうのはある。なんでこうなったんだろうと、考えてしまうので、やっぱり寝付きは良くない。アイマスク付けて、(雑念を)シャットダウンして寝るようにしている」。 大会中、侍ジャパンのベンチには、鈴木が着るはずだった背番号「51」の日本代表ユニフォームが飾られた。大谷がマイク・トラウトを空振り三振に仕留めて09年以来14年ぶり3度目の優勝を果たすと、そのユニホームはチームメイトによって、マイアミのローンデポ・パークのグラウンドに持ち込まれた。
あれから3年が過ぎようとしている。
鈴木は3年連続21本塁打以上を記録し、昨季は日本出身の右打者として歴代最多の32本塁打、103打点を記録した。メジャー4年間での通算87本塁打は、歴代最多280本の大谷、175本塁打の松井秀喜、同3位117本塁打のイチローに次ぐ4位で、それも日本出身の右打者最多だった城島健司(48本)を上回った。4年間の通算本塁打率22.93は大谷の13.32に次ぐ2位で、同3位の松井秀の25.38を上回っている。
もちろん、昨季はOPS(出塁率+長打率)や打率が前年から落ち込むなどネガティブな側面もあったが、彼が「メジャー屈指」の強打者になったのは紛れもない事実だ。
そして今季は、カブスとの4年契約の最終年を迎える。3年前の悪夢を考えると、WBC参加に迷いはなかったのかという疑問も浮かぶ。
「出ないで後悔するよりは、何となく後悔が残りそうだなと思ったんで、他のチームも皆、出ますし、日本の選手もたくさん集まってたんで、そういったところでやれるのはすごく貴重なことなので、早い段階で出るつもりで、ずっと準備してました」
洋の東西を問わず、WBCに参加するすべての選手に共通することがある。それは、今の彼らには、WBCの後に控えるレギュラーシーズンのことを考えている余裕があまりないということだ。
「とりあえず、守備と長い時間グラウンドに立つってことが大事だと思う。いきなり9イニングとかさすがにしんどいと思うんで、残り3試合しかないんでどうなるかなと思うし、あとは気合で行きます」
そこでふと思う。今回の「侍ジャパン」参加。鈴木には特別な思いもあるのではないか、と。
「前回、怪我をして、すごく迷惑かけたところもあるので、体調面っていうのはすごく気をつけながらやってはいます。しっかりチームの貢献できるように、怪我なく、いいパフォーマンス出せるようにやっていきたい」
前回=2023年の第5回大会、鈴木は大谷翔平(当時エンジェルス)や、吉田正尚(レッドソックス)、村上らと強力打線を組むはずだった。ところが、オープン戦初戦で左脇腹を痛めて出場辞退を余儀なくされたのだ。当時の彼のコメントを読み返すと、気丈に前向きになっている部分と、自分に対する怒りのような感情が交錯しているのがよく分かる。
「いろんなことをやってきた中でこうなってしまったので、もう少し考えてやらなきゃいけなかったのかなとは思うけど、実際にトレーニングして、こうやってなったからって後悔はないです。自分なりに課題を見つけてやってきたので、状態的にはすごく良かったですし。ただ、もう少し何か出来たんじゃないかっていうのはある。なんでこうなったんだろうと、考えてしまうので、やっぱり寝付きは良くない。アイマスク付けて、(雑念を)シャットダウンして寝るようにしている」。 大会中、侍ジャパンのベンチには、鈴木が着るはずだった背番号「51」の日本代表ユニフォームが飾られた。大谷がマイク・トラウトを空振り三振に仕留めて09年以来14年ぶり3度目の優勝を果たすと、そのユニホームはチームメイトによって、マイアミのローンデポ・パークのグラウンドに持ち込まれた。
あれから3年が過ぎようとしている。
鈴木は3年連続21本塁打以上を記録し、昨季は日本出身の右打者として歴代最多の32本塁打、103打点を記録した。メジャー4年間での通算87本塁打は、歴代最多280本の大谷、175本塁打の松井秀喜、同3位117本塁打のイチローに次ぐ4位で、それも日本出身の右打者最多だった城島健司(48本)を上回った。4年間の通算本塁打率22.93は大谷の13.32に次ぐ2位で、同3位の松井秀の25.38を上回っている。
もちろん、昨季はOPS(出塁率+長打率)や打率が前年から落ち込むなどネガティブな側面もあったが、彼が「メジャー屈指」の強打者になったのは紛れもない事実だ。
そして今季は、カブスとの4年契約の最終年を迎える。3年前の悪夢を考えると、WBC参加に迷いはなかったのかという疑問も浮かぶ。
「出ないで後悔するよりは、何となく後悔が残りそうだなと思ったんで、他のチームも皆、出ますし、日本の選手もたくさん集まってたんで、そういったところでやれるのはすごく貴重なことなので、早い段階で出るつもりで、ずっと準備してました」




