問題点ははっきりしている。お節介ついでに言わせてもらうと、なぜサイン伝達をしようと考えるのか、である。答えは簡単だ。「勝つための方法論」だからである。
しかし、こと高校野球の舞台でそれを黙認できないのは、彼らが「育成年代」であるということである。
サイン伝達により球種を知っていても、必ず打てるとは限らない。しかし、有意な立場に立てることは間違いない。
高校球児は技術習得をしている発展途上の時期にある。短期的な“アドバンテージ”を得ても、将来的にはプラスとならいはずだ。結局のところ、サイン盗み・伝達を「勝つための戦術」と語るのは指導者のエゴであって、選手のことを考えたものではないのである。
また、指導者が意図していなくても、選手たちにそうしむける環境を作っているケースも存在している。
例えば、ある練習試合で「この試合に勝たなければ、帰って練習だ」などとノルマを設定する場合だ。指揮官は選手にハッパをかけるつもりで出した指示だが、そのプレッシャーを背追い込んだ選手たちは、「負けてはいけない」「負けると罰が待っている」などと“悪い”発想が派生していくことがある。
「負けられない戦い」と謳うことがかえって選手を追い詰め、「勝つために何をしてもいい」という思考にまでつながってしまう。そこにはびこるのはやはり、「勝利至上主義」だ。
スポーツは何のためにやるのか。
そもそも、スポーツは、元々の語源からして「気晴らし」、「楽しいからやる」という意味合いが根本にあったはずだ。しかし、それがいつしか間違った方向へと舵を切り始めた。こうしてサイン盗みが話題になった今だからこそ、スポーツの素晴らしさをもう一度、再考すべき時ではないだろうか。
スポーツの素晴らしさ――それは人類の挑戦だと思う。
なぜ、大谷翔平の二刀流に、日米両国のファンが狂喜乱舞するのか。それは、誰もできないと思われたことを実現してしまうからだ。
イチローの精神性やレーザービームに、なぜ感動するのか。「そんなことができるのか」と、その肉体を持って人類の可能性を引き上げてくれるからに他ならないだろう。
サインが分かっていても、有意な立場で結果を残すことに醜さが垣間見えても、人類の限界を超えた可能性は見えてこない。
どちらがすごいのか、どちらがスポーツの真の素晴らしさを伝えてくれるのか。
答えは簡単ではないだろうか。
取材・文●氏原英明
【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園という病』(新潮社)、『メジャーをかなえた雄星ノート』(文藝春秋社)では監修を務めた。YouTube『氏原セニョールチャンネル』にて球界へのさまざまな提言も行っている。
しかし、こと高校野球の舞台でそれを黙認できないのは、彼らが「育成年代」であるということである。
サイン伝達により球種を知っていても、必ず打てるとは限らない。しかし、有意な立場に立てることは間違いない。
高校球児は技術習得をしている発展途上の時期にある。短期的な“アドバンテージ”を得ても、将来的にはプラスとならいはずだ。結局のところ、サイン盗み・伝達を「勝つための戦術」と語るのは指導者のエゴであって、選手のことを考えたものではないのである。
また、指導者が意図していなくても、選手たちにそうしむける環境を作っているケースも存在している。
例えば、ある練習試合で「この試合に勝たなければ、帰って練習だ」などとノルマを設定する場合だ。指揮官は選手にハッパをかけるつもりで出した指示だが、そのプレッシャーを背追い込んだ選手たちは、「負けてはいけない」「負けると罰が待っている」などと“悪い”発想が派生していくことがある。
「負けられない戦い」と謳うことがかえって選手を追い詰め、「勝つために何をしてもいい」という思考にまでつながってしまう。そこにはびこるのはやはり、「勝利至上主義」だ。
スポーツは何のためにやるのか。
そもそも、スポーツは、元々の語源からして「気晴らし」、「楽しいからやる」という意味合いが根本にあったはずだ。しかし、それがいつしか間違った方向へと舵を切り始めた。こうしてサイン盗みが話題になった今だからこそ、スポーツの素晴らしさをもう一度、再考すべき時ではないだろうか。
スポーツの素晴らしさ――それは人類の挑戦だと思う。
なぜ、大谷翔平の二刀流に、日米両国のファンが狂喜乱舞するのか。それは、誰もできないと思われたことを実現してしまうからだ。
イチローの精神性やレーザービームに、なぜ感動するのか。「そんなことができるのか」と、その肉体を持って人類の可能性を引き上げてくれるからに他ならないだろう。
サインが分かっていても、有意な立場で結果を残すことに醜さが垣間見えても、人類の限界を超えた可能性は見えてこない。
どちらがすごいのか、どちらがスポーツの真の素晴らしさを伝えてくれるのか。
答えは簡単ではないだろうか。
取材・文●氏原英明
【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園という病』(新潮社)、『メジャーをかなえた雄星ノート』(文藝春秋社)では監修を務めた。YouTube『氏原セニョールチャンネル』にて球界へのさまざまな提言も行っている。