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プロ野球

【プロ野球トレード収支の大検証:第1回】独自指標「プレーヤーズ・バリュー」で考えるトレードの「収支」

出野哲也

2021.01.01

 具体例を挙げてみよう。1975年6月、阪急で通算338勝を挙げていた米田哲也が無償トレードで阪神へ途中移籍した。シーズン終了までに8勝3敗、防御率2.27と好投、移籍後のPVは12.9だった。翌76年は2勝2敗、防御率4.50と成績が下がり、PVも-1.7で自由契約となった。近鉄に入団した77年のPVは-5.2で、同年限りで引退した。

 阪急を退団してからの2年半で、米田のPVは(+12.9-1.7-5.2)で合計+6.0。これは阪急から見ればそのまま6.0のマイナスとなり、阪神へ放出した無償トレードの損得は-6.0となる。

 一方、阪神からすると、算出の対象は75、76年の2年間になる。この間の米田のPVは11.2。近鉄への移籍は自由契約で、トレードではなかったから計算には入れず、阪神が得たPVはそのまま+11.2となる。したがって、米田のトレードの収支は以下のようになる。

阪神 +11.2/阪急 -6.0
 
 もっと複雑な例も見てみよう。2009年オフ、巨人は二岡智宏と林昌範を日本ハムへ放出し、その代わりにマイケル中村と工藤隆人を獲得する2対2の交換トレードが成立した。

 日本ハムでの二岡は、故障もあってDHや代打での出場がほとんどだった。代打として09、12年のリーグ優勝に貢献したが、守備につかなかったためPVにはマイナスの守備位置補正(0.83)が加えられる。そのため、47打点を挙げた10年もPVは-13.5と大幅なマイナスになった。結局、二岡は13年を最後に引退し、日本ハムでの5年間のPVは-22.7だった。林は日本ハム移籍後の3年間は中継ぎとして好投し、PVは+3.3だった。12年にDeNAへ移ってからの4年間は-0.5で、巨人を出てからの7年間は+2.8となる。

 一方、巨人が得た2人はどうだったか。工藤は巨人での2年間は-2.4。その後はロッテと中日でも8年間プレーして、トレード後の総PVは-7.5だった。日本ハム時代は25セーブ以上を3度記録したマイケルだが、巨人ではそれほど活躍できず、巨人での3年間はPV+1.0だった。12年には西武に移ってPV+0.4を記録し、日本ハムを退団してからの合計PVは1.4だった。
 
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