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MLB

【メジャーリーグMVPの歴史と変遷:後編】「最も価値ある」に対する一つの回答?価値観を大きく変えたトラウトvsミギーの大論争<SLUGGER>

出野哲也

2021.11.14

 近年になって薄れたもう一つの傾向が、「打点重視」の考え方だ。79年のドン・ベイラー(エンジェルス/139打点)、87年のジョージ・ベル(ブルージェイズ/134打点)、98年のホアン・ゴンザレス(レンジャーズ/157打点)らがその典型だったが、WARはそれぞれリーグ47位、19位、26位で、今なら候補として議論の俎上に上ることすらないだろう。セイバーメトリクスの浸透により、打点はチャンスでの勝負強さよりも、前の打順を打つ選手の出塁率に左右されることが認識され始めると、打点の多さはアピールする材料としては弱くなった。過去10年間では、打点王でMVPになった者は5人しかいない。

 このように、セイバーメトリクスは、MVP投票に対する考えを大きく変えた。選手の総合的な貢献度を示す指標としてWARが考案され、市民権を得るようになると、他の何よりもその数値が重要視されるようになった。特に12年は、45年ぶりの三冠王になったミゲル・カブレラ(タイガース)のWARをルーキーのマイク・トラウト(エンジェルス)が上回っていたことで、どちらがMVPにふさわしいか大論争が巻き起こった。結局、1位票はカブレラが22票、トラウトが6票と大差でカブレラが受賞したが、これをきっかけにオールドスクールの投票者も、セイバーメトリクスの指標も無視できなくなっていった。
 
 近年に生じたもう一つの変化は、誰にどのような理由で票を入れたかを、投票者たちが克明に説明するようになったことだ。これは義務ではないけれども、投票の時期には各々の媒体で自主的に公開している。個人的な怨恨でウィリアムズに投票しなかったような記者がいれば、今の時代ではネットで大炎上するのは間違いなく、投票の公正化に一役買っている。日本で散見されるようなふざけ半分、ないしは担当チームの選手に過度に忖度した投票を防ぐ効果がある。

 ただし、「MVP=最もWARの数値が良い選手」というわけではないし、そのように見なされるべきでもない。記者投票という方式は曖昧ではあるものの、その分、優勝への貢献度、上位争いの中で残した成績、印象的な活躍などを総合的に考察する余地が生まれる。だからこそMVPを選出する面白みや、議論を交わす楽しさがあるのだ。今シーズンの大谷も、仮に最終的にWARが1位でなかったら、二刀流の絶大なインパクトがあっても受賞できないというのでは、多くのファンが納得いかないだろう。

 今後も、MVPを選ぶ際に重視される基準は変わっていくかもしれない。だが、「最高の価値」を判断するのはいつまでも人間の仕事であってほしいものだ。


文●出野哲也

【著者プロフィール】
いでの・てつや。1970年生まれ。『スラッガー』で「ダークサイドMLB――“裏歴史の主人公たち”」を連載中。NBA専門誌『ダンクシュート』にも寄稿。著書に『プロ野球 埋もれたMVPを発掘する本』『メジャー・リーグ球団史』(いずれも言視舎)。

※スラッガー2021年11月号より転載
 

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