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高校野球

今大会で甲子園を最もエンジョイした男――“左右スイッチ打法”で話題の両打ち、有田工・山口のひそかな努力<SLUGGER>

氏原英明

2022.08.14

「僕はプロに入るために必要だった」

 そう語ったのは、2019年に両打席本塁打をマークし、自ら「スギノール」と名付けた日本ハムの杉谷拳士である。

 帝京高校では1年の夏から右打者として甲子園出場歴があった杉谷は、3年の夏直前にスウィッチへ転向した。さまざまな可能性を模索するためだ。転向後最初の試合でサイクルヒットを達成し、杉谷はスウィッチヒッターで生き抜くことを決めた。

「初めて両打ちをした試合でサイクルヒットを打ったんです。この試合をプロの方も見にきてくれていて、僕はプロに行けたと思っているんで、これからもスウィッチを続けていきたいと思っています」

 杉谷は08年のドラフトで6位指名をつかんだ。両打ちに挑戦したからこそ、今があるのだ。

 もう一人、プロでは両打ちではなかったが、ひそかにスウィッチに挑戦したことのある選手を紹介したい。この8月までパイレーツに所属していた筒香嘉智だ。

 左打者の筒香だが、横浜高校で放った通算69本塁打のうち、数本は右打席で放ったものだ。

 ただ、筒香の場合、スウィッチヒッターに取り組んだ事情は背景が異なる。
 
 筒香はかつてこんな話をしていた。

「中学の時に教えていただいていたトレーナーの方に、身体のバランスを良くするために、右でも打つようにと言われてトレーニングのつもりでやっていました。それをずっと続けてきましたし、試合でも右打席で立てるくらいにやってきました。そのおかげでバランスが良くなっていると思います」

 スウィッチヒッターに取り組む目的はそれぞれある。

 ただ一つ言えるのは、その取り組み自体はそうそう簡単なものではないということだ。松井が言うように、誰もが「右と左は別人格」という捉え方で取り組んでおり、いうなれば完成までに他人の倍ほどの練習を積んでいるということである。

 山口は言う。

「県大会の準決勝で肩を脱臼してしまって、決勝は出られなかった。仲間や監督が絶対に優勝してもう1回グラウンドに立たせてくれるという言葉をもらって本当に嬉しかったし、それをしっかりと達成してもらったので、本当に感謝です。楽しく甲子園を終われてよかったです」

 否定的な意見に対する意味でも、山口が1打席のうちで左右を変更することにこだわったのには、このような理由があった。

 もちろん、それほどまでに山口は試合で活躍するために努力をしてきたということは特筆しておきたい。

取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)

【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園は通過点です』(新潮社)、『baseballアスリートたちの限界突破』(青志社)がある。ライターの傍ら、音声アプリ「Voicy」のパーソナリティーを務め、YouTubeチャンネルも開設している。
 
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