仙台育英はタレントを多数抱えているが、「個」だけで勝ってきたチームではない。それは昨夏、東北に初優勝をもたらした戦い方でも証明してきた。
この8回も、3番の湯浅が口火を切った時点で「個」ではなく小技を駆使したチーム戦術への戦いへと移行していたのだ。
問題はそれを対戦相手の履正社が認識しているかどうかだった。
正直に言って、その認識は履正社になかったと思う。送りバントで1死三塁となった場面で、履正社ベンチは「スクイズは頭に入れていた」と言いつつも、そのサインが出しにくくなるような状況を作り出したわけでもなかった。
それは次の須江監督の言葉からも明らかだ。
「1球目からスクイズも考えましたが、相手の狙いがよく見えず踏み切れなかった。しかし、1球投げた感じを見て、そんなに深い警戒がないなと。バッテリーの呼吸を見ても、押していこうという雰囲気をすごく感じたし、相手のベンチもサインを送っているふうでもなかった」
見る側からすると無警戒のような形で、スクイズは決まったのである。
本当に履正社はスクイズを予測していなかったのか。
2番手の福田はこう振り返った。
「ランナー三塁になってからスクイズはあると思ったんですけど、思ったより早い段階で仕掛けてきたんで意表を突かれました。平行カウントになってから仕掛けてくるなと思った」
足を上げた後、打者がバントの構えを見せたために、福田は高めに投げてファウルを狙ったが、相手の方が一枚上手だった
「個」のぶつかり合いなると予測された対決の分水嶺。それは、冒頭の須江監督の言葉にあるように「ここでやらないと後悔する」という終盤の1点の重要度をどこまで突き詰めていたかの差だった。
履正社はいってみれば、真正直な戦いをしたと言えるかもしれない。
試合序盤からお互いが「個」を出し合ってぶつかっていた。それは最後まで続くものと思われた。しかし、試合巧者の仙台育英はそうではなかった。主軸打者の斎藤陽、緒方がバントをしてなりふり構わず1点をもぎ取りにきたのだ。
履正社の多田監督の選手を労う言葉はとてもスマートな物言いだった。
「大阪大会7試合と甲子園で計10試合ほどしたんですけど、本当に選手らがやってきた成果を出してくれた。今日負けて悔しいですけど、全試合ベストな試合ができたんじゃないかなと思っています」
履正社は履正社らしく戦った。しかし、それは試合巧者の仙台育英を前にしては、あまりにも真正直だった。
取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)
【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『SLUGGER』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園は通過点です』(新潮社)、『baseballアスリートたちの限界突破』(青志社)がある。ライターの傍ら、音声アプリ「Voicy」のパーソナリティーを務め、YouTubeチャンネルも開設している。
この8回も、3番の湯浅が口火を切った時点で「個」ではなく小技を駆使したチーム戦術への戦いへと移行していたのだ。
問題はそれを対戦相手の履正社が認識しているかどうかだった。
正直に言って、その認識は履正社になかったと思う。送りバントで1死三塁となった場面で、履正社ベンチは「スクイズは頭に入れていた」と言いつつも、そのサインが出しにくくなるような状況を作り出したわけでもなかった。
それは次の須江監督の言葉からも明らかだ。
「1球目からスクイズも考えましたが、相手の狙いがよく見えず踏み切れなかった。しかし、1球投げた感じを見て、そんなに深い警戒がないなと。バッテリーの呼吸を見ても、押していこうという雰囲気をすごく感じたし、相手のベンチもサインを送っているふうでもなかった」
見る側からすると無警戒のような形で、スクイズは決まったのである。
本当に履正社はスクイズを予測していなかったのか。
2番手の福田はこう振り返った。
「ランナー三塁になってからスクイズはあると思ったんですけど、思ったより早い段階で仕掛けてきたんで意表を突かれました。平行カウントになってから仕掛けてくるなと思った」
足を上げた後、打者がバントの構えを見せたために、福田は高めに投げてファウルを狙ったが、相手の方が一枚上手だった
「個」のぶつかり合いなると予測された対決の分水嶺。それは、冒頭の須江監督の言葉にあるように「ここでやらないと後悔する」という終盤の1点の重要度をどこまで突き詰めていたかの差だった。
履正社はいってみれば、真正直な戦いをしたと言えるかもしれない。
試合序盤からお互いが「個」を出し合ってぶつかっていた。それは最後まで続くものと思われた。しかし、試合巧者の仙台育英はそうではなかった。主軸打者の斎藤陽、緒方がバントをしてなりふり構わず1点をもぎ取りにきたのだ。
履正社の多田監督の選手を労う言葉はとてもスマートな物言いだった。
「大阪大会7試合と甲子園で計10試合ほどしたんですけど、本当に選手らがやってきた成果を出してくれた。今日負けて悔しいですけど、全試合ベストな試合ができたんじゃないかなと思っています」
履正社は履正社らしく戦った。しかし、それは試合巧者の仙台育英を前にしては、あまりにも真正直だった。
取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)
【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『SLUGGER』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園は通過点です』(新潮社)、『baseballアスリートたちの限界突破』(青志社)がある。ライターの傍ら、音声アプリ「Voicy」のパーソナリティーを務め、YouTubeチャンネルも開設している。
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