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MLB

「A型なんで本来は何事にも細かいんですけど…」MLB史上最高の好スタートを切った今永昇太の“細心にして大胆”な適応能力<SLUGGER>

ナガオ勝司

2024.05.22

「僕がこの身長(178cm)で、このリリースポイントの低さがあって、こんな風に投げている人間がアメリカにはあまりいないんで、珍しく見てもらっているだけ。多分、僕みたいなのがアメリカにいっぱいいれば、めっちゃ打たれていると思いますよ。現に僕、日本では打たれていることも多いんで」

 確かに日本時代の防御率よりもメジャーの方が優れているという事実は、そう説明するしかないような気がする。だから、というわけではないだろうが、今永はもう一つの武器である「スプリット≒フォークボール」についても明確に説明できる。

「フォークボールを投げられるバッティング・マシーンってないでしょう? だからフォークを打つ練習をする機会もなかなかないだろうし、ましてや左でフォーク投げてるピッチャーなんてあまりいない。いつも『たまたま抑えている』って言ってますけど、アメリカのバッターがあまり見たことない球なんで、そういうのに今はたまたまパズルみたいにスポッとハマっているだけなんだと思う」

 大胆にして細心というより、順序としては「細心に準備して大胆」というのが、今永のピッチングの本質ではないかという気がする。

 トレーニングや食事を含む登板間のコンディション作り。キャッチボール一つ行うにしても、時には行進するように足踏みしてから投げてみたり、背中を向けてから大きく反転して投げてみたりと、いろいろ工夫している。基本的に配球は、捕手(と投手コーチ)に任せているとはいえ、試合前には相手打線の独自研究とチームデータの擦り合わせをしながらも、現場で起こったことに即時対応する気構えを持っている。

 たとえば5月13日の敵地でのブレーブス戦。昨季、54本塁打、139打点で二冠王を獲得したマット・オルソンに2安打を許しながらも、3回2死一、三塁のピンチで低めの速球で見逃し三振に打ち取り、「ちょっと低いかなと思ったけど、主審がストライクに取ってくれて、すごく運が良かった」と話す。
 

 肝となったのはその1球前のスライダー(スウィーパー)で、高めに浮いた球をオルソンが空振りしたことを、今永は「あれは失投なんですけど、空振りしてくれた。要は打者がイメージできてないボールを投げられれば、それでいいってことなんです」とインプットした。

 同じブレーブス戦の4回、2死満塁のピンチでは昨季、41本塁打&73盗塁で史上初の40-70を達成し、満票でMVPに輝いたロナルド・アクーニャJr.を右飛に打ち取っている。

「あそこも本当に運がたまたま味方してくれただけだと思ってる。なぜなら、あれはアクーニャJr.選手の得意なゾーンですし、相手が真っすぐを待ってる中で真っすぐを投げて、フルスイングしてきたのに、それがライトフライになった。そういうのが野球の面白いところだと思う」

 野球の面白いところ。思い通りに行かないこと。思い通りに行かなくても、いつも結果が悪いわけではなく、良いことも多々あるというところ。

 今永はキャンプが始まった当初から、アメリカで野球することの違和感に抗うことなく、「こんなもんだと思ってやってます」と新たな野球人生を送ってきた。そういう思考が追い風になり、アリゾナの乾燥した空気の中で滑り続けたボールが、やがてシーズンが始まると、「指先の感覚が出てきた」とプラス材料になった。「自分の中では全部ボール」という高めに投げる速球が、今では彼の最大の武器となっている。

 それこそはまさに、Adjustment=適応。何でもかんでも白黒はっきりさせるのではなく、広大なグレーゾーンの中で、屈強なメジャーリーグの打者と18.44メートルの距離で対峙し、その場その場に応じた答えを見つけていく。

「僕、A型なんで、本来は何事にも結構、細かいんですけど、こっちに来てから、そうじゃなくなっているんですよね」

 歴史的快進撃を続ける日本屈指のレフティは今日もまた、アメリカで野球しながら、アメリカで生きるという「リアル」を感じているのである――。

文●ナガオ勝司

【著者プロフィール】
シカゴ郊外在住のフリーランスライター。'97年に渡米し、アイオワ州のマイナーリーグ球団で取材活動を始め、ロードアイランド州に転居した'01年からはメジャーリーグが主な取材現場になるも、リトルリーグや女子サッカー、F1GPやフェンシングなど多岐に渡る。'08年より全米野球記者協会会員となり、現在は米野球殿堂の投票資格を有する。日米で職歴多数。私見ツイッター@KATNGO

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