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NBA

なぜコビーはその数字を選んだのか? 初の欠番でもあり、現在は八村塁も着用している背番号8の歴史【NBA背番号外伝】

出野哲也

2020.02.19

コビーはルーキーイヤーの96年から10年間8番を着用。その間にレイカーズを3度の優勝に導き、17年に同番号初の欠番選手となった。(C)Getty Images

コビーはルーキーイヤーの96年から10年間8番を着用。その間にレイカーズを3度の優勝に導き、17年に同番号初の欠番選手となった。(C)Getty Images

 本来、背番号は選手をコート上で判断するための単なる符号に過ぎない。しかし、背番号には選手個々のアンデンティティを示す役割もある。自己表現やゲン担ぎのひとつとして、こだわりを持っている選手も少なくない。

 1桁台の背番号で、8番は長い間唯一永久欠番がいない番号だった。最初に欠番になった選手は2017年のコビー・ブライアント(レイカーズ)で、19年にバックスのマーカス・ジョンソンが2人目になった。

 コビーは96年にレイカーズに入団した際、第一希望の33番がカリーム・アブドゥル・ジャバーの欠番だったので8番を選んだ。これにはふたつ理由があり、ひとつは高校時代に参加したバスケットボールキャンプでつけた番号が143で、1+4+3=8になることから。もうひとつはイタリアに住んでいた少年の頃、憧れていた同国リーグのスター、マイク・ダントーニ(現ロケッツ・ヘッドコーチ)の番号だったからだ。8番時代に残した実績も申し分なかったコビーだが、24番に変更した06-07シーズン以降に、シーズンMVP(08年)や2度のファイナルMVP(09、10年)を受賞しており、引退後は8番ではなく24番が欠番になる可能性が高いかと思われていたが、異例の措置で8と24の両方とも欠番とされた。
 
 62年の新人王で殿堂入りもしているウォルト・ベラミーは、デビューから引退まで8番で通したが、欠番にはなっていない。これは移籍が多かったためで、最初に入団したシカゴ・パッカーズ(現ワシントン・ウィザーズ)でプレーしたのは4年半。ニックスには3年、ピストンズには1年、ホークスも4年半と、どのチームにも欠番として称えられるほど長く在籍しなかった。

 8番には、コビーを筆頭に悪く言えばセルフィッシュ、良く言えば自信に満ちた選手が多い。JR・スミスは8番をつけていたニックス時代がまさにそうしたプレースタイルだったし、同じくニックスOBのラトレル・スプリーウェル、さらにアントワン・ウォーカー(元セルティックスほか)、モンテイ・エリス(元ウォリアーズほか)も例外ではない。ウォーカーは05年、全盛期を過ごしたセルティックスに復帰した際、アル・ジェファーソンが8番だったため88番にしたほど、8という数字に愛着を持っていた。スパーズで44番が欠番のジョージ・ガービンもこのタイプで、キャリアの最後に在籍したブルズでは4+4で8番を選んだ。

 セルフィッシュではなくとも、8番=攻撃型の選手というイメージは強いだろう。80年代前半にオールスターに5回選ばれたジョンソンや、スコット・ウェドマン、エディ・ジョンソン、スティーブ・スミスらは、スーパースターとは言い難かったものの、どのチームでもスコアラーとして重宝された。スミスは201cmの大型ガードで、94年に世界選手権(現ワールドカップ)のアメリカ代表に選出されると、ここでも8番でプレー。2000年のシドニー五輪では4番で金メダルを手にした。
 

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