現在、サクラメント・キングスでプレーするデマー・デローザンは、現代では珍しいミッドレンジゲームを武器とするスコアラーだ。キャリア平均21.1点は歴代52位、通算2万6466得点は22位(現役では5位)にランクしている。
2009年にトロント・ラプターズでキャリアをスタートさせたデローザンは、同球団で選手としての礎を築き、オールスターまで上り詰めた。その過程で3歳年上のカイル・ラウリー(現フィラデルフィア・セブンティシクサーズ)とは、親友と呼べる仲となった。
2人は13年から18年まで、ラプターズの看板コンビとしてチームを牽引。コンビ結成以降、チームは5年連続でプレーオフに進出し、16年にはカンファレンス決勝まで勝ち上がった。
2010年代のラプターズを象徴するコンビだったラウリー&デローザンだが、その関係は18年に終わりを迎える。同年7月、ラプターズはデローザンとヤコブ・パートル、19年のドラフト1巡目指名権をサンアントニオ・スパーズに放出した。
そのトレードの交換相手の1人だったダニー・グリーンが当時を回想。親友デローザンを放出した球団にラウリーが強い嫌悪感を抱き、その感情を周囲にも隠さなかったことをポッドキャスト番組『No Fouls Given』で明かした。
「シーズン当初、カイルは球団と全然うまくいってなかった。だってデマーをトレードしたんだから。彼は誰とも関わろうとしなかったよ」
当時のラウリーはキャリア13年目の32歳。プロフェッショナルとして練習や試合には全力で取り組んでいたものの、チーム内の雰囲気は決して良いものではなかったという。
「トレーニングキャンプとプレシーズンはバンクーバーで始まって、そのあとカナダ各地を回った。でも“K-Low(ラウリー)”の姿はほとんど見なかった。彼は自分で来て、自分で帰っていたんだ。チームバスにも乗らなかったよ。
いつも早く来て、コーナーで自分のトレーニングをしていた。やるべき仕事はちゃんとこなして、練習にも参加していた。でもあの時はコーチ陣やフロントとは距離を置いていたね」
状況は悪化し、やがてニック・ナースHC(ヘッドコーチ)やベテラン選手がラウリーと話し合いの場を設けたという。
結果的に、その努力は実を結ぶことになる。ラプターズはその年のプレーオフでイースタン・カンファレンスを勝ち上がり、ファイナルへ進出。
最終決戦では2連覇中のゴールデンステイト・ウォリアーズを4勝2敗で撃破し、創設24年目で初優勝。ファイナルMVPにはデローザンとの交換で加入したカワイ・レナードが輝いた。
“親友”との関係は悲しい形で終わったものの、このトレードはラウリーにとってキャリア唯一の優勝をもたらし、ラプターズにとっても球団史上初のNBAタイトルにつながった。
構成●ダンクシュート編集部
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2人は13年から18年まで、ラプターズの看板コンビとしてチームを牽引。コンビ結成以降、チームは5年連続でプレーオフに進出し、16年にはカンファレンス決勝まで勝ち上がった。
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そのトレードの交換相手の1人だったダニー・グリーンが当時を回想。親友デローザンを放出した球団にラウリーが強い嫌悪感を抱き、その感情を周囲にも隠さなかったことをポッドキャスト番組『No Fouls Given』で明かした。
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当時のラウリーはキャリア13年目の32歳。プロフェッショナルとして練習や試合には全力で取り組んでいたものの、チーム内の雰囲気は決して良いものではなかったという。
「トレーニングキャンプとプレシーズンはバンクーバーで始まって、そのあとカナダ各地を回った。でも“K-Low(ラウリー)”の姿はほとんど見なかった。彼は自分で来て、自分で帰っていたんだ。チームバスにも乗らなかったよ。
いつも早く来て、コーナーで自分のトレーニングをしていた。やるべき仕事はちゃんとこなして、練習にも参加していた。でもあの時はコーチ陣やフロントとは距離を置いていたね」
状況は悪化し、やがてニック・ナースHC(ヘッドコーチ)やベテラン選手がラウリーと話し合いの場を設けたという。
結果的に、その努力は実を結ぶことになる。ラプターズはその年のプレーオフでイースタン・カンファレンスを勝ち上がり、ファイナルへ進出。
最終決戦では2連覇中のゴールデンステイト・ウォリアーズを4勝2敗で撃破し、創設24年目で初優勝。ファイナルMVPにはデローザンとの交換で加入したカワイ・レナードが輝いた。
“親友”との関係は悲しい形で終わったものの、このトレードはラウリーにとってキャリア唯一の優勝をもたらし、ラプターズにとっても球団史上初のNBAタイトルにつながった。
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