ロサンゼルス・レイカーズのレジェンドであるコビー・ブライアントは、NBA史に名を刻むスーパースターの1人だ。現役時代に対戦経験のある元NBA選手のジャマール・マッシュバーン(元ダラス・マーベリックスほか)が、なぜコビーが偉大だったかについて見解を述べている。
1996年のドラフト1巡目13位指名でNBA入りしたコビーは、20年間のキャリアを名門レイカーズ一筋で過ごし、歴代4位の通算3万3643得点を記録。リーグ優勝5回(2000~02、09、10年)、2006年1月のトロント・ラプターズ戦では歴代2位(当時)の81得点を叩き出した。ヘリコプター墜落事故で命を落とした2020年には数々の功績が認められ、バスケットボール殿堂入りを果たしている。
93年から11年間NBAでプレーし、平均20点以上を6回記録するなどスコアラーとして鳴らしたマッシュバーンは、『ESPN』の番組『The Rich Eisen Show』に出演した際、6歳年下だったコビーについて、「彼のゲームは昔からずっと好きだった」と振り返った。
「私にとってコビーは、マイケル・ジョーダンの再来だった。もしジョーダンを再現できる人間がいるとしたら、それはコビー・ブライアントだけだし、彼は独自のスタイルも確立していた」
マイケル・ジョーダン(元シカゴ・ブルズほか)を引き合いに出したマッシュバーンは、コビーは「ハードワーカーで、タフで、献身的だった」と称賛を惜しまなかった。
「“ブラックマンバ”にまつわるエピソードは誰もが耳にするけど、多くの人が理解していないのは、マンバ・メンタリティこそがコビーを卓越した選手に押し上げた『核となる価値観』だったということだ。単なるハードワークではなく、細部へのこだわり、そして特定の細かな部分に対して心血を注ぐ姿勢こそが重要だったんだ」
41歳での不慮の事故――。マッシュバーンも「あまりにも早く彼を失ってしまった」と悔やんだ。
「コビーは非常に尊敬されていたし、まさに真の勝負師だった。何よりも、彼の『頭脳』が大好きだった。偉大な選手を見た時、『彼らは本当にゲームを理解しているのか、そしてそれを他人に伝えることができるのか』と考えることがある。コビーは、ストーリーテリングを通じてもそれを成し遂げることができた」
“もしコビーが今も生きていたら”と、考えることがあるとマッシュバーンは明かす。
「バスケットボール選手としてのポテンシャルは出し切ったけど、(引退後も多くの可能性を残した)コビーに近い存在を挙げるとすれば、ポテンシャルを出し切る前に(96年に25歳で)亡くなった2パック(ラッパー・俳優)かな。彼はどこまで行けただろうか、と想像するのと同じような感覚だ。コビーは特別な存在。バスケットボールという競技において特別な場所を占めている。ただただ驚くほど素晴らしい人物だった」
同じ時代を生きた者から見ても、コビーは絶対的な“特別な存在”のようだ。
構成●ダンクシュート編集部
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「コビーは全員を倒していた」高校時代のライバルが証言する“ブラックマンバ”の原点<DUNKSHOOT>
1996年のドラフト1巡目13位指名でNBA入りしたコビーは、20年間のキャリアを名門レイカーズ一筋で過ごし、歴代4位の通算3万3643得点を記録。リーグ優勝5回(2000~02、09、10年)、2006年1月のトロント・ラプターズ戦では歴代2位(当時)の81得点を叩き出した。ヘリコプター墜落事故で命を落とした2020年には数々の功績が認められ、バスケットボール殿堂入りを果たしている。
93年から11年間NBAでプレーし、平均20点以上を6回記録するなどスコアラーとして鳴らしたマッシュバーンは、『ESPN』の番組『The Rich Eisen Show』に出演した際、6歳年下だったコビーについて、「彼のゲームは昔からずっと好きだった」と振り返った。
「私にとってコビーは、マイケル・ジョーダンの再来だった。もしジョーダンを再現できる人間がいるとしたら、それはコビー・ブライアントだけだし、彼は独自のスタイルも確立していた」
マイケル・ジョーダン(元シカゴ・ブルズほか)を引き合いに出したマッシュバーンは、コビーは「ハードワーカーで、タフで、献身的だった」と称賛を惜しまなかった。
「“ブラックマンバ”にまつわるエピソードは誰もが耳にするけど、多くの人が理解していないのは、マンバ・メンタリティこそがコビーを卓越した選手に押し上げた『核となる価値観』だったということだ。単なるハードワークではなく、細部へのこだわり、そして特定の細かな部分に対して心血を注ぐ姿勢こそが重要だったんだ」
41歳での不慮の事故――。マッシュバーンも「あまりにも早く彼を失ってしまった」と悔やんだ。
「コビーは非常に尊敬されていたし、まさに真の勝負師だった。何よりも、彼の『頭脳』が大好きだった。偉大な選手を見た時、『彼らは本当にゲームを理解しているのか、そしてそれを他人に伝えることができるのか』と考えることがある。コビーは、ストーリーテリングを通じてもそれを成し遂げることができた」
“もしコビーが今も生きていたら”と、考えることがあるとマッシュバーンは明かす。
「バスケットボール選手としてのポテンシャルは出し切ったけど、(引退後も多くの可能性を残した)コビーに近い存在を挙げるとすれば、ポテンシャルを出し切る前に(96年に25歳で)亡くなった2パック(ラッパー・俳優)かな。彼はどこまで行けただろうか、と想像するのと同じような感覚だ。コビーは特別な存在。バスケットボールという競技において特別な場所を占めている。ただただ驚くほど素晴らしい人物だった」
同じ時代を生きた者から見ても、コビーは絶対的な“特別な存在”のようだ。
構成●ダンクシュート編集部
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