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NBA

「運動能力よりも精神力の勝負だった」90年代に一世を風靡した高卒プレーヤー、ショーン・ケンプが語るNBAの厳しさ

北舘洋一郎

2020.03.20

89年にデビューしたケンプは2年目から先発に定着。7年目の96年には平均19.6点、11.4リバウンドをあげ、ソニックスをファイナル進出に導いた。(C)Getty Images

89年にデビューしたケンプは2年目から先発に定着。7年目の96年には平均19.6点、11.4リバウンドをあげ、ソニックスをファイナル進出に導いた。(C)Getty Images

 2000年代前半のNBAにはコビー・ブライアントやケビン・ガーネット、トレイシー・マッグレディなど、高校から直接プロ入りした選手が多くいた。現役ではロサンゼルス・レイカーズのレブロン・ジェームズとドワイト・ハワード、レイカーズと同じLAに本拠地を置く、クリッパーズのルー・ウィリアムズがカレッジには進まず、高校卒業後にプロの世界に飛び込んでいる。

 しかし2005年を最後にNBAは高卒選手のプロ入りを禁止。現在のルールではドラフト日に19歳になっていて、なおかつ高校卒業から最低1年以上を経過していないとドラフトの資格を得ることができない。

 高卒選手の共通点は、17、18歳の時点でNBAでもトップクラスの身体能力を持っている、もしくはNBAシェイブと呼ばれるプロフェッショナルアスリートの肉体をすでに備えていることだろう。

 1989年のドラフト1巡目17位でシアトル・スーパーソニックス(現オクラホマシティ・サンダー)に指名されたショーン・ケンプもカレッジでのプレーを経験せず、高校からプロに進んだ選手の1人だ。

 当時、ソニックスのアシスタントコーチを務めていたドゥエイン・ケイシー(現デトロイト・ピストンズ・ヘッドコーチ)は、「ケンプはダンクしようとしてリングに顎をぶつけて5針縫ったという伝説を作ってNBAにやってきた」と振り返る。
 
 2メートルを超える長身ながら圧倒的な機動力と跳躍力を持ったケンプはケンタッキー大でプレーする予定だったが、オフコートで問題を起こして公式戦出場を前に転校。その後、コミュニティーカレッジに進んだものの、ここでもプレーせずにNBAに進むことを選んだ。

「自分より上手い選手と戦いたかった。とにかくNBAでプレーしたかった。家族を養うためにも俺は誰よりも早くプロでプレーして稼ぎたかったんだ」とケンプは言う。

 1年目から81試合に出場したケンプだが、先発はわずか1試合にとどまり、平均6.5点、4.3リバウンドと際立った数字は残せなかった。

「自分が思っていたようなプレーができなかった。速さ、高さ、若さだけではNBAで通用しないことを思い知らされた。自分では完璧だと思ってダンクにいっても、死角からブロックの手が出てきて阻まれる。多くの相手は俺を小僧だと思って出し抜こうとしてくる。それもプロの世界では重要なテクニックなんだ。いつも誰かにマークされているプレッシャーを感じていたし、NBAは運動能力よりも精神力の勝負だった」(ケンプ)。

 普通の選手はカレッジで細かい戦術やスキルを身につけるが、ケンプはプレーの基礎となる根本の部分をNBAの実戦から学ぶことになる。10代のうちに他の選手では体験できないことを誰よりも早く経験することができたのだ。
 

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