元ボストン・セルティックスのビル・ラッセルが、ついにバスケットボール殿堂入りを受諾した。11月16日(日本時間17日)、自身のTwitterで左手薬指にリングをはめた写真を公開している。
1969年の現役引退から6年後の75年に、黒人選手としては史上初めて殿堂入りのオファーを受けていた。しかし、「個人的な理由」として申し出を断り、その後44年間にわたって殿堂入りしていなかったのだ。 その理由というのが、ラッセルがセルティックス入りする6年前の1950年にNBA選手となった、チャック・クーパーの存在だった。
クーパーはリーグ史上初めてNBAドラフトで指名された黒人選手として、歴史に大きな足跡を残したパイオニア的な存在だった。セルティックス、ホークス、ピストンズの3球団で計6シーズンにわたってプレーし、409試合に出場。1984年に亡くなっているものの、今年ついに殿堂入りを果たしていた。
今回、ラッセルはTwitterで「自分よりふさわしい人物がいると思っていた」と、75年に殿堂入りを断っていた理由を明かしている。自分の先輩にあたるクーパーが選出されたことで、ようやく受け入れる気持ちになれたようだ。
なお、Twitterにはラッセルの妻をはじめ、アロンゾ・モーニング(元マイアミ・ヒートほか)やビル・ウォルトン(元ポートランド・トレイルブレイザーズほか)、スポーツキャスターのアン・メイヤーズらとのプライベートセレモニーを開いた写真をアップ。御年85歳のラッセルは、満面の笑みで写真に収まっている。
構成●ダンクシュート編集部
13年間のNBAキャリアで優勝11回、5度のシーズンMVP受賞、12度のオールスター選出など、輝かしいキャリアを過ごしたラッセル。彼がまだ殿堂入りしていなかったことに、驚いたファンも少なくないだろう。In a private ceremony w/my wife & close friends A.Mourning @AnnMeyers @billwalton & others I accepted my #HOF ring. In ‘75 I refused being the 1st black player to go into the @Hoophall I felt others before me should have that honor. Good to see progress; ChuckCooperHOF19 @NBA pic.twitter.com/2FI5U7ThTg
— TheBillRussell (@RealBillRussell) November 15, 2019
1969年の現役引退から6年後の75年に、黒人選手としては史上初めて殿堂入りのオファーを受けていた。しかし、「個人的な理由」として申し出を断り、その後44年間にわたって殿堂入りしていなかったのだ。 その理由というのが、ラッセルがセルティックス入りする6年前の1950年にNBA選手となった、チャック・クーパーの存在だった。
クーパーはリーグ史上初めてNBAドラフトで指名された黒人選手として、歴史に大きな足跡を残したパイオニア的な存在だった。セルティックス、ホークス、ピストンズの3球団で計6シーズンにわたってプレーし、409試合に出場。1984年に亡くなっているものの、今年ついに殿堂入りを果たしていた。
今回、ラッセルはTwitterで「自分よりふさわしい人物がいると思っていた」と、75年に殿堂入りを断っていた理由を明かしている。自分の先輩にあたるクーパーが選出されたことで、ようやく受け入れる気持ちになれたようだ。
なお、Twitterにはラッセルの妻をはじめ、アロンゾ・モーニング(元マイアミ・ヒートほか)やビル・ウォルトン(元ポートランド・トレイルブレイザーズほか)、スポーツキャスターのアン・メイヤーズらとのプライベートセレモニーを開いた写真をアップ。御年85歳のラッセルは、満面の笑みで写真に収まっている。
構成●ダンクシュート編集部