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NBA

デュラント、ウォール、そして八村――。様々なタイプの選手を指導してきたブルックスHCのブレないコーチング哲学とは?

杉浦大介

2019.12.13

サンダーでは7年間指揮を執り、2012年にファイナルに進出。2015年に解任されたが、その翌年にウィザーズのHCに就任した。(C)Getty Images

サンダーでは7年間指揮を執り、2012年にファイナルに進出。2015年に解任されたが、その翌年にウィザーズのHCに就任した。(C)Getty Images

 ケビン・デュラント、ラッセル・ウエストブルックが所属していた当時のオクラホマシティ・サンダーを指揮官として長く率いたことで、スコット・ブルックスはNBAファンにお馴染みの存在になった。ワシントン・ウィザーズを指揮する現在は、“八村塁のコーチ”として日本での露出も急増中。今季のチームは再建状態にあるが、それでもポジティブな発言を続ける54歳のヘッドコーチ(HC)に好感を持つファンも多いだろう。

「チームが成長する姿を見るのは楽しい。時間はかかると思うので我慢も必要だが、来年のドラフトロッタリーの際に有利なポジションにいたいという思いは一切ない。他のチーム同様、レベルアップしながらプレーオフを目指していくよ」

 ブルックスは、1965年にカリフォルニア州のフレンチキャンプで生まれた。カレッジの4年間で2度も転校したという現役時代を振り返ると、“筋金入りのジャーニーマン”と呼ばれるにふさわしい。87年のドラフトで指名漏れすると、当時NBAの下部リーグ的な存在だったCBAで活躍してチャンスを掴む。1988年にフィラデルフィア・セブンティシクサーズの一員としてNBAデビューし、以降は、ミネソタ・ティンバーウルブズ、ヒューストン・ロケッツ、ダラス・マーベリックス、ニューヨーク・ニックス、クリーブランド・キャバリアーズと数多くのチームを渡り歩いた。
 
 通算680試合に出場し、平均4.9点、2.4アシスト。コーチになって以降のブルックスは派手ではなかった自身の現役時代をジョークにすることも多いが、堅実な控えガードとして10年もNBAで現役を続けたのだから立派なものである。ロケッツ時代の1994年には優勝も経験。ドラフト外入団選手としては、そのキャリアは成功の部類に入るはずだ。

 いわゆる縁の下の力持ちタイプの選手は、辛抱強い性格ゆえに指導者向きといわれる。ブルックスも例外ではなく、1998年の引退後はデンバー・ナゲッツ、サクラメント・キングス、オクラホマシティ・サンダー(シアトル・スーパーソニックス時代も含む)でアシスタントコーチを歴任。その間の指導力が認められ、2008-09シーズン途中に解任されたPJ ・カーリシモの後任としてサンダーのHCに就任した。

 デュラント、ウエストブルック、ジェームズ・ハーデンという三羽ガラスが揃った幸運もあり、成功を手にするまでに時間はかからなかった。2009-10シーズンにはハイレベルのウエスタン・カンファレンスでサンダーを球団史上初の50勝に導き、最優秀HC賞を受賞。2011-12シーズンにはファイナルにも進出している(ヒートに1勝4敗で敗退)。2014-15シーズンに45勝37敗と勝ち越しながらもプレーオフを逃して解任されるまで、現代のスポーツ界では長期間と言える7シーズンにわたってHCを務めたことは評価されて良いだろう。
 

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