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NBA

スター選手を輩出し続ける“大学バスケ界のローマ帝国”。ケンタッキー大の栄光の歴史【名門カレッジ史】

出野哲也

2019.12.11

デイビスは2011年に入学し初年度から主力として活躍し、様々な賞を総なめに。12年のNCAAトーナメントではチームを14年ぶりの優勝に導いた。(C)Getty Images

デイビスは2011年に入学し初年度から主力として活躍し、様々な賞を総なめに。12年のNCAAトーナメントではチームを14年ぶりの優勝に導いた。(C)Getty Images

■史上2位の優勝回数を誇るカレッジ界屈指の名門校

 日本でのケンタッキー州のイメージは、競馬、バーボン、それにフライドチキンといったところか。アメリカでも概ね同じようなものだが、これにブルーグラス、そしてバスケットボールも加わる。ケンタッキー大(通称UK) の男子バスケットボール部、愛称ワイルドキャッツはNCAAディビジョンⅠで史上最多の公式戦通算勝利数(2301)を誇り、トーナメント優勝回数(8)ではUCLAに次いで2位。同地区のライバル、ルイビル大も3回優勝しているため、ケンタッキー州全体では11回を数える。これはカリフォルニア州、ノースカロライナ州に続いて3番目に多い数字だ。

 また、NBAの球団が本拠地を置いていないこともあって、特にワイルドキャッツの人気は高く、同大をテーマにした450ページの大事典が刊行されているほど。1990年代に指揮を執ったリック・ピティーノは「ケンタッキーはカレッジ界のローマ帝国だ」との名言を残している。

 ワイルドキャッツが最初にNCAAトーナメントを制したのは1948年で、当時のHCは伝説のアドルフ・ラップ。バスケットボールの生みの親、ジェームズ・ネイスミスの教え子でもあるラップは、30年から72年まで42年にわたってチームを率い、公式戦876勝は退任時点で史上1位。48、49、51、58年の4回全国制覇に導いた。とりわけスター不在だった58年のチームを優勝させた手腕は高く評価されている。51年には主力が八百長に関与した過去の事件が発覚、1年間の公式戦出場停止処分を科せられたが、ラップ自身の名声に傷がつくことはなく、76年に建設された同校のアリーナにその名が冠せられている。
 
 48年のチームは優勝しただけでなく、同年に開催されたロンドン五輪代表にアレックス・グローザ、ラルフ・ベアードら5人を送り込んだ。ラップもアシスタントコーチとして参加したこの大会では、グローザがチーム最多の平均11.1点を稼ぎ、8戦全勝で金メダルを手にしている。なおグローザとベアードはNBAでも活躍したが、前述の八百長事件に関与して永久追放になっている。51年優勝時の主力だったクリフ・ヘイガンはホークスでオールスターに5回選出、フランク・ラムジーはセルティックス黄金期のメンバーとして、7個のチャンピオンリングを獲得した。

 60年代は優勝には手が届かなかったものの、数多くの名選手が誕生した。UK史上屈指の人気者コットン・ナッシュは、学校史上2位の平均22.7点をマークし、3年連続でオールアメリカンに選出。NBAだけでなくMLBでもプレーしている。レイカーズ、ヒートなどを指揮した名将パット・ライリーは、66年に準優勝した際の主力だった。
 

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