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NBA

カーメロはレイカーズ移籍寸前だった?「ニックスのことは考えてなかった」と知られざる当時の内情を語る<DUNKSHOOT>

ダンクシュート編集部

2024.02.20

もしニックスではなくレイカーズに移籍していたら、コビー(右)との超強力スコアリングデュオが完成していた。(C)Getty Images

もしニックスではなくレイカーズに移籍していたら、コビー(右)との超強力スコアリングデュオが完成していた。(C)Getty Images

 カーメロ・アンソニーはレブロン・ジェームズ(現ロサンゼルス・レイカーズ)と同じ2003年ドラフト組の1人であり、昨年5月に現役を引退するまでNBA史に名を残すスコアラーとして人々の記憶に刻まれた。2011年には生まれ故郷ニューヨークのチームであるニックスへ移籍したが、当初は“凱旋”をまったく考えていなかったと明かしている。

 カーメロはレブロンやクリス・ボッシュ、ドゥエイン・ウェイド(ともに元マイアミ・ヒートほか)らが名を連ねた2003年のドラフト全体3位指名でNBA入り。デンバー・ナゲッツ、ニューヨーク・ニックス、オクラホマシティ・サンダー、ヒューストン・ロケッツ、ポートランド・トレイルブレイザーズ、レイカーズと渡り歩き、19年間でNBA歴代32位の通算1260試合に出場した。

 2012-13シーズンに得点王(平均28.7点)に輝くなど、通算2万8289得点は歴代9位にランク。オールスター出場10回、NBA75周年記念チーム選出のほか、アメリカ代表としても五輪金メダル3回と、将来のバスケットボール殿堂入りは確実視されている。
 
 ニューヨーク市ブルックリン出身のカーメロは、2011年2月に3チーム間トレードでナゲッツからニックスへ移籍。「I'm Coming Home」(ただいま)という言葉は多くのニューヨーカーたちの心に響き、カーメロもチームのために全力を尽くした。自身のポッドキャスト『7PM in Brooklyn』で、「ニューヨークに行きたかったか」という問いに対して、「ニューヨークは決して望んでいた場所ではなかった」と答えている。

「みんなは、俺が『デンバーから出してくれ』というふうに移籍したと捉えていたけど、決してそんなことはなかった」

 カーメロは、ナゲッツが2009年のカンファレンス決勝でレイカーズに勝っていたら(シリーズ2勝4敗で敗退)、NBAファイナルでオーランド・マジックに勝って優勝していただろうと回想(同シーズンはコビー・ブライアント擁するレイカーズが優勝)。その上で、変化を必要としていたチームに対してあることを伝えたという。
 
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