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NBA

球宴の目玉“スラムダンク・コンテスト”がスタート。本戦ではマジック、バード、ジョーダンらレジェンドがファンを魅了【NBAオールスター全史|1980~89年】

出野哲也

2020.02.13

シカゴで開催された88年大会はジョーダンの独壇場。40得点、4スティール、4ブロックを叩き出し、前日のダンクコンテスト制覇に続きMVPに輝いた。(C)Getty Images

シカゴで開催された88年大会はジョーダンの独壇場。40得点、4スティール、4ブロックを叩き出し、前日のダンクコンテスト制覇に続きMVPに輝いた。(C)Getty Images

 80年代のもう1人の主役であるマイケル・ジョーダン(シカゴ・ブルズ)は、ルーキーイヤーの85年にオールスターデビューを果たしたが、わずか7得点しかあげられず苦い思い出になった。その理由は、ジョーダンの人気を妬んだアイザイア・トーマス(デトロイト・ピストンズ)の陰謀によってボールが回ってこず、シュートを打つ機会が与えられなかったからだと、ジョーダン自身は信じているようだ。もっとも実際には9回シュートを打って7回外しており、低得点に終わった責任の大部分は自分自身にあったと思われる。

 トーマスも「ドクターJ(ジュリアス・アービング)やモーゼス・マローン、バードに向かって、俺が『ジョーダンにボールを回すな』なんて言っても聞いてもらえると思うかい?」と言っているが、真相がどうであれ、以後2人の関係が悪化したのは事実だ。

 それでもジョーダンは87年以降、7年連続で最多得票を獲得。地元シカゴ・スタジアムでの開催となった88年は、ダンクコンテストで優勝、本戦では40得点をあげてMVPに選ばれ、同一年にこの2つの栄冠に輝いた最初の選手になった。一方のトーマスも84年は後半だけで21得点をマークし、86年と併せて2度のMVPになっている。
 
 ヒューストンで開催された89年は、土曜日の催しはロケッツのホームコートであるザ・サミット、日曜の本戦はアストロドームという変則的な日程。マジックが故障で出場を辞退し、この年限りでの引退を決めていたジャバーが代理で出場した。ジャバーはこれで19回目の選出となり、もちろん史上1位。現役最多のレブロン・ジェームズですらまだ16回とあって、少なくともこの記録はあと4年は破られない。

 コート外での話題としては、85年に飢えに苦しむエチオピアの人々のため、人気歌手たちが集まってUSAフォー・アフリカを結成。1月末に『ウィ・アー・ザ・ワールド』を吹き込み、その売り上げを全額寄付したが、NBAでもその2週間後にアレックス・イングリッシュ(デンバー・ナゲッツ)の呼びかけにより、オールスターの出場ボーナスを選手全員が寄付。趣旨に賛同したリーグが供出した金額も含めて、総額は10万ドルに達した。

文●出野哲也

※『ダンクシュート』2017年4月号掲載原稿に加筆・修正。

【名場面PHOTO】ジョーダン最後のオールスター、コビー81得点、カーターの豪快ダンク……1999-2019 NBA名場面集
 
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【動画】ジョーダンが40得点の大暴れ!地元開催でMVPに輝いた88年大会のハイライト

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