スターター起用されたオリーは、シリーズ平均4.3点、7.8リバウンド、1.8アシスト、フィールドゴール成功率26.2%と低調だった。武器の3ポイントも18本すべて失敗。第5戦では、決まれば逆転となる終盤の長距離砲を外すなど、本来の勝負強さを発揮できなかった。
レイカーズから、よりによってライバルチームのスパーズへ移籍したことで、“裏切り者”と非難されてもおかしくはないのだが、その当時をオリーはこう回想していた。
「レイカーズが土壇場で私を放出することになったから、スパーズに加入したんだ。行き先がなかったのさ。そこでスパーズが『お金ならあるから、うちに来ないか?』と誘ってくれてね。それで『オーケー』って感じで、そんな経緯でスパーズに加入したんだ」
キャリア最後の5シーズンをスパーズで過ごしたオリーは、2005、07年のリーグ制覇に貢献して計7回優勝。ベンチスタートとはいえ、要所で仕事を遂行し、ローテーションの座を確保して戦い抜いた。
NBA史上、7回以上の優勝回数を誇るのは9人のみ。そのうち、1980年代以降に達成したのはオリー1人だけだ。リーグ屈指のスターたちとプレーしてきたのは事実だが、“ビッグショット・ロブ”がプレーオフの大舞台で、チームを勝利へ導く重要なシュートを何度も沈めてきたことも見逃せない。
2003年にレイカーズから王者スパーズへ移籍したことで、オリーは当初こそ気まずい思いをした。それでも新天地で自身の役割を確立し、2度の優勝を勝ち取ったのだから、この移籍は結果的に成功だったと言えるだろう。
文●秋山裕之(フリーライター)
【画像】シャック、アイバーソン、コビー、レブロン、カリー、ヨキッチ…2000年以降のMVPを受賞当時の写真で一挙振り返り!
レイカーズから、よりによってライバルチームのスパーズへ移籍したことで、“裏切り者”と非難されてもおかしくはないのだが、その当時をオリーはこう回想していた。
「レイカーズが土壇場で私を放出することになったから、スパーズに加入したんだ。行き先がなかったのさ。そこでスパーズが『お金ならあるから、うちに来ないか?』と誘ってくれてね。それで『オーケー』って感じで、そんな経緯でスパーズに加入したんだ」
キャリア最後の5シーズンをスパーズで過ごしたオリーは、2005、07年のリーグ制覇に貢献して計7回優勝。ベンチスタートとはいえ、要所で仕事を遂行し、ローテーションの座を確保して戦い抜いた。
NBA史上、7回以上の優勝回数を誇るのは9人のみ。そのうち、1980年代以降に達成したのはオリー1人だけだ。リーグ屈指のスターたちとプレーしてきたのは事実だが、“ビッグショット・ロブ”がプレーオフの大舞台で、チームを勝利へ導く重要なシュートを何度も沈めてきたことも見逃せない。
2003年にレイカーズから王者スパーズへ移籍したことで、オリーは当初こそ気まずい思いをした。それでも新天地で自身の役割を確立し、2度の優勝を勝ち取ったのだから、この移籍は結果的に成功だったと言えるだろう。
文●秋山裕之(フリーライター)
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