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NBA

名将や熱狂的ファンが称賛する“ニックスの魂”。いまだ色褪せぬジョン・スタークスの価値

北舘洋一郎

2020.03.26

敵将ジャクソンは「ジョーダンを封じ込めようとする熱量を最も持っていた」とスタークスを称賛。(C)Getty Images

敵将ジャクソンは「ジョーダンを封じ込めようとする熱量を最も持っていた」とスタークスを称賛。(C)Getty Images

 オクラホマ州大を卒業しNBAを目指すも、ドラフトにかからず練習生としてウォリアーズ入り。得意の3ポイントとディフェンスで必死にアピールした結果、1年契約を勝ち取りベンチ要員として36試合に出場を果たしたが、故障に見舞われ解雇を宣告されてしまう。

 マイナーリーグのCBAでプレーすることになったスタークスに対し、友達は「CBAならお前は間違いなくスーパースターだ」と言って慰めてくれたそうだが、本人はまったく納得できなかった。

「俺には“一度でもNBAでプレーした”というプライドがあった。だから“CBAはNBAの通過点でしかない”と考えてプレーしていた」とスタークスは言う。

 この時のスタークスのプレーに目をつけたのがライリーだった。内面から出てくる情熱をそのまま体現する激しいスタイルこそ、ニックスのやりたいバスケットボールにピッタリとはまっていた。

「ニックスをディフェンスのチームにして勝ち上がるには、ハートを熱く、激しく、48分間フルに戦える選手だけを集めたかった。スタークスはその模範となる人間性を持ったプレーヤーだった」とライリーは回想する。
 
 当時、ジョーダンの台頭により、NBAではシューティングガード(SG)というポジションがクローズアップされ、勝敗を左右する重要な役割を担うようになってきた。センターの時代からSGの時代へと、移行期が訪れていた。

「ニックスに必要なSGは、クイックネスに富んだディフェンスができ、果敢にゴールにアタックし3ポイントも上手い。ジョーダンに対し簡単にシュートを打たせず、守備で疲労を与え続ける。まさにスタークスにはその素質があった」

 そう話したライリーは、スタークスを発掘し、開眼させたコーチだった。スタークスはチームにエナジーを与え、勝利への突破口を切り開いていく。走り出したら止まらないそのスタイルは、ニックスにはピッタリだったのだ。

 当時のブルズのHCだったフィル・ジャクソンも「駆け引きとかそんなものはなく、ずっとハードに手を出し続け、身体をぶつけることをやめない。ジョーダンを封じ込めようとする熱量を最も持っていたのがスタークスだった」と評価する。
 

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