この当時、ピストンズとブルズの対戦は全米で最も注目を浴びていた。ヒルもよく観戦していたようで、「あの頃、テレビでブルズ対ピストンズの試合をよく観た。僕はピストンズが大嫌いだった。力でねじ伏せようとするスタイルが好きじゃなかったんだ」と話している。
確かに“バッドボーイズ”のスタイルはヒルのプレーと対極にある。ヒルなら絶対に選ばないプレー方法だ。そして、ヒルが慕うデュマースも“バッドボーイズ”にいたにもかかわらず、自身のやり方を貫いた選手だった。
「周りがそうでも、デュマースは決して動かされることはなかった。いつも冷静だったよ」と話すのは、当時のピストンズのヘッドコーチ、チャック・デイリーだ。
デュマースはキャリアで6度オールスターに選ばれ、“2代目ドリームチーム”にも選出。1989年にはファイナルMVPに輝くなど、若い頃から“いぶし銀の活躍”と言われながらも、その実績はほかのスーパースターたちと比べてもまったく見劣りしない。
「やはり、デュマースは偉大だ」と話すヒルは、ジョーダンよりもデュマースに敬意を示すと言う。
また、そのジョーダンも「尊敬し、また最後までライバルだった。デュマースがスターティングでプレーしている限り、私だって引退するわけにはいかない」と最大級の賛辞を送っている。
自分の考えなどをほとんど口にしない、不言実行の典型とも言えるデュマースは「どんなプレーにも自信を持つことだ。しかし、その自信を何らかの手段を用いて人に伝える必要はまったくない。失敗して悔しがる姿を見せる必要もない。惨敗しても、下を向いてロッカールームに戻る必要もない。負けたときこそ、ファンの顔を確かめながら帰るぐらいの方がいいんだ。ましてや、プレーが成功した時にガッツポーズをする必要なんてまったくないね」と話す。
ヒルのルーキーシーズンが終わった時、デュマースは地元紙に「もうヒルに教えることは何もないよ」とコメントしている。デュマースはヒルに対し、自信とは自分が人に伝えるものではなく、人が感じるものなのだということを伝えたかったのだろう。
2人が揃ってプレーした期間に優勝こそできなかったものの、彼らの間には言葉では現わせない信頼関係が結ばれていたに違いない。
文●北舘洋一郎
【PHOTO】引退後もその影響力は絶大!NBAの頂点に君臨するバスケットボールの”神様”マイケル・ジョーダン特集
確かに“バッドボーイズ”のスタイルはヒルのプレーと対極にある。ヒルなら絶対に選ばないプレー方法だ。そして、ヒルが慕うデュマースも“バッドボーイズ”にいたにもかかわらず、自身のやり方を貫いた選手だった。
「周りがそうでも、デュマースは決して動かされることはなかった。いつも冷静だったよ」と話すのは、当時のピストンズのヘッドコーチ、チャック・デイリーだ。
デュマースはキャリアで6度オールスターに選ばれ、“2代目ドリームチーム”にも選出。1989年にはファイナルMVPに輝くなど、若い頃から“いぶし銀の活躍”と言われながらも、その実績はほかのスーパースターたちと比べてもまったく見劣りしない。
「やはり、デュマースは偉大だ」と話すヒルは、ジョーダンよりもデュマースに敬意を示すと言う。
また、そのジョーダンも「尊敬し、また最後までライバルだった。デュマースがスターティングでプレーしている限り、私だって引退するわけにはいかない」と最大級の賛辞を送っている。
自分の考えなどをほとんど口にしない、不言実行の典型とも言えるデュマースは「どんなプレーにも自信を持つことだ。しかし、その自信を何らかの手段を用いて人に伝える必要はまったくない。失敗して悔しがる姿を見せる必要もない。惨敗しても、下を向いてロッカールームに戻る必要もない。負けたときこそ、ファンの顔を確かめながら帰るぐらいの方がいいんだ。ましてや、プレーが成功した時にガッツポーズをする必要なんてまったくないね」と話す。
ヒルのルーキーシーズンが終わった時、デュマースは地元紙に「もうヒルに教えることは何もないよ」とコメントしている。デュマースはヒルに対し、自信とは自分が人に伝えるものではなく、人が感じるものなのだということを伝えたかったのだろう。
2人が揃ってプレーした期間に優勝こそできなかったものの、彼らの間には言葉では現わせない信頼関係が結ばれていたに違いない。
文●北舘洋一郎
【PHOTO】引退後もその影響力は絶大!NBAの頂点に君臨するバスケットボールの”神様”マイケル・ジョーダン特集