翌24日のトレーニングから指揮を執り始めたトゥードルが導入したのは、ヴェローナやラツィオで用いたのと同じ、マンツーマンディフェンスをベースとする3ー4ー2ー1システムだった。敵のビルドアップに対しては前線からマンツーマンでハイプレスを仕掛け、ミドルゾーンから下の守備も人に基準点を置くのが原則だ。
攻撃は後方からパスをつないでのビルドアップが基本で、その過程ではCBとボランチ、ボランチとWB、WBとトップ下が流動的にポジションを入れ替わることで相手に守備の基準点を与えず、中央よりサイドを主体に前進。しかしポゼッションには強くこだわらず、相手のプレスを剥がしたらそこから先は縦にスピードアップして一気にフィニッシュを狙っていく。
タイプ的にはジャン・ピエロ・ガスペリーニ監督のアタランタや、アントニオ・コンテ監督時代のインテルとの共通点が多いアグレッシブで強度の高い3バックである。前任のモッタが打ち出していた、4ー2ー3ー1によるミドルブロック主体のゾーンディフェンス、ポゼッションによるゲーム支配を基本に据えたスタイルとは、対極に位置するとは言わないまでも、明らかに異なる種類のサッカーだ。
シーズンの終盤になって、これだけ大幅に戦術的な枠組みを変更するというのは、かなり勇気ある選択と言える。しかしトゥードルは昨シーズンのラツィオでも、前任監督サッリの独特な攻撃サッカー(人に基準を置かない純粋なゾーンディフェンス、システマチックなパス交換に根差したポゼッションと崩し)から、上で見たようなマンツーマンの3ー4ー2ー1への大胆な移行を試み、ラスト9試合で5勝4分け1敗というポジティブな成果を残している。
そのトゥードル新体制の初戦となったこのジェノア戦、後方からのビルドアップは相手のアグレッシブなハイプレスの前に自陣内で行き詰まる場面が目立ち、前線からのハイプレスもうまくハマらず後退を強いられるなど、内容はどちらかと言えばパッとしないものだった。
決勝点となった25分のゴールは、相手が触れてタッチラインを割ったボールをキャッチしたトゥードル監督が、それを素早くトゥーン・コープマイネルスに渡して前方へのスローインを促し、それをドゥシャン・ヴラホビッチが競り合ったこぼれ球を拾ったユルドゥズが独力で一気に抜け出して難しいシュートを決めたもの。
ただ、それを除けば、決定機らしい決定機はほとんど作ることができなかった。ボール支配率50対50、ゴール期待値0.94対0.36という数字を見ても、指揮官のファインプレーがなければ0ー0で終わっていた、あるいはそれが最もふさわしい試合だった。
それでも、デル・ピエロに「ユベントスの魂が欠けている」とまで言われた2週間前のフィオレンティーナ戦と比べれば、全員が結束して持てる力を出し切り、相手にも危険なチャンスをほとんど許すことなく1点を守り切って、どうしても必要だった勝利という結果をもぎ取ったことは確か。この事実はそれだけでポジティブな評価に値するものだ。
逆に言えば、ユベントスが直面していた状況はそこまで深刻だったということでもある。そしてその責任をすべてモッタ前監督に帰するのは、決してフェアではない。その意味で、さきに取り上げたデル・ピエロのコメントは重要かつ正鵠を射たものだ。
モッタがチームを掌握できず、選手たちとの関係が冷えきっていたことは、解任後に伝えられたいくつかのエピソードからも明らかだ。しかし、ピッチ上でプレーするのは監督ではなく選手たちであり、彼らが本来のパフォーマンスを発揮できなかった敗北の当事者であることもまた事実である。
さらに言えば、2億ユーロ近い資金を投じ、満を持して立ち上げた新プロジェクトが、1年も立たないうちに全面的な見直しを強いられたとすれば、それを統括し主導してきたジュントリFDもまた、その責任を問われて然るべき立場にある。確かなのは、2010年代のセリエAを圧倒的な強さで支配した後、2020年に入って迷走を続けてきたユベントスは、またもや「再スタート」に失敗したということだ。
シーズンの残りは8試合。現在の順位は5位(勝点55)で、4位ボローニャ(勝点56)との勝点差はわずかに1。さらに3位アタランタ(勝点58)とも3ポイント差であり、CL圏内(4位以内)はもちろん3位進出の可能性もまだ残っている。トゥードル監督のミッションは、CL出場権を確保したうえで、シーズン終了の半月後に組まれているアメリカでのクラブW杯で上位進出を果たすことだ。
しかしこのミッションがどちらに転んでも、ユベントスは来シーズンに向けて改めて仕切り直し、数年後を見据えた新たなプロジェクトを立ち上げなければならない。その出発点となるのは監督選びである。
トゥードルがこれからの3か月で誰をも説得する内容と結果を残して、指揮官の座に留まるのか。それともすでに噂に上っているように、コンテ、ステーファノ・ピオーリといった実績あるベテラン監督を迎えて出直すのか。その選択こそが、今度こそ最後になるべき「再スタート」の始まりとなる。
文●片野道郎
【記事】イタリア代表、NL準々決勝でドイツに敗戦も…「強豪国相手に戦術的な優位性を発揮する可能性が見えたことはポジティブ」【現地発コラム】
【記事】“コントロール”を失わなかったインテルと、“軽率かつ重大な失態”のアタランタ。上位対決の分水嶺は「経験値の差」【現地発コラム】
攻撃は後方からパスをつないでのビルドアップが基本で、その過程ではCBとボランチ、ボランチとWB、WBとトップ下が流動的にポジションを入れ替わることで相手に守備の基準点を与えず、中央よりサイドを主体に前進。しかしポゼッションには強くこだわらず、相手のプレスを剥がしたらそこから先は縦にスピードアップして一気にフィニッシュを狙っていく。
タイプ的にはジャン・ピエロ・ガスペリーニ監督のアタランタや、アントニオ・コンテ監督時代のインテルとの共通点が多いアグレッシブで強度の高い3バックである。前任のモッタが打ち出していた、4ー2ー3ー1によるミドルブロック主体のゾーンディフェンス、ポゼッションによるゲーム支配を基本に据えたスタイルとは、対極に位置するとは言わないまでも、明らかに異なる種類のサッカーだ。
シーズンの終盤になって、これだけ大幅に戦術的な枠組みを変更するというのは、かなり勇気ある選択と言える。しかしトゥードルは昨シーズンのラツィオでも、前任監督サッリの独特な攻撃サッカー(人に基準を置かない純粋なゾーンディフェンス、システマチックなパス交換に根差したポゼッションと崩し)から、上で見たようなマンツーマンの3ー4ー2ー1への大胆な移行を試み、ラスト9試合で5勝4分け1敗というポジティブな成果を残している。
そのトゥードル新体制の初戦となったこのジェノア戦、後方からのビルドアップは相手のアグレッシブなハイプレスの前に自陣内で行き詰まる場面が目立ち、前線からのハイプレスもうまくハマらず後退を強いられるなど、内容はどちらかと言えばパッとしないものだった。
決勝点となった25分のゴールは、相手が触れてタッチラインを割ったボールをキャッチしたトゥードル監督が、それを素早くトゥーン・コープマイネルスに渡して前方へのスローインを促し、それをドゥシャン・ヴラホビッチが競り合ったこぼれ球を拾ったユルドゥズが独力で一気に抜け出して難しいシュートを決めたもの。
ただ、それを除けば、決定機らしい決定機はほとんど作ることができなかった。ボール支配率50対50、ゴール期待値0.94対0.36という数字を見ても、指揮官のファインプレーがなければ0ー0で終わっていた、あるいはそれが最もふさわしい試合だった。
それでも、デル・ピエロに「ユベントスの魂が欠けている」とまで言われた2週間前のフィオレンティーナ戦と比べれば、全員が結束して持てる力を出し切り、相手にも危険なチャンスをほとんど許すことなく1点を守り切って、どうしても必要だった勝利という結果をもぎ取ったことは確か。この事実はそれだけでポジティブな評価に値するものだ。
逆に言えば、ユベントスが直面していた状況はそこまで深刻だったということでもある。そしてその責任をすべてモッタ前監督に帰するのは、決してフェアではない。その意味で、さきに取り上げたデル・ピエロのコメントは重要かつ正鵠を射たものだ。
モッタがチームを掌握できず、選手たちとの関係が冷えきっていたことは、解任後に伝えられたいくつかのエピソードからも明らかだ。しかし、ピッチ上でプレーするのは監督ではなく選手たちであり、彼らが本来のパフォーマンスを発揮できなかった敗北の当事者であることもまた事実である。
さらに言えば、2億ユーロ近い資金を投じ、満を持して立ち上げた新プロジェクトが、1年も立たないうちに全面的な見直しを強いられたとすれば、それを統括し主導してきたジュントリFDもまた、その責任を問われて然るべき立場にある。確かなのは、2010年代のセリエAを圧倒的な強さで支配した後、2020年に入って迷走を続けてきたユベントスは、またもや「再スタート」に失敗したということだ。
シーズンの残りは8試合。現在の順位は5位(勝点55)で、4位ボローニャ(勝点56)との勝点差はわずかに1。さらに3位アタランタ(勝点58)とも3ポイント差であり、CL圏内(4位以内)はもちろん3位進出の可能性もまだ残っている。トゥードル監督のミッションは、CL出場権を確保したうえで、シーズン終了の半月後に組まれているアメリカでのクラブW杯で上位進出を果たすことだ。
しかしこのミッションがどちらに転んでも、ユベントスは来シーズンに向けて改めて仕切り直し、数年後を見据えた新たなプロジェクトを立ち上げなければならない。その出発点となるのは監督選びである。
トゥードルがこれからの3か月で誰をも説得する内容と結果を残して、指揮官の座に留まるのか。それともすでに噂に上っているように、コンテ、ステーファノ・ピオーリといった実績あるベテラン監督を迎えて出直すのか。その選択こそが、今度こそ最後になるべき「再スタート」の始まりとなる。
文●片野道郎
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