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海外サッカー

ミランの凋落期に“10番”は何を残したのか。伊番記者が語る本田圭祐との4年半「心を開けばもっと愛された」

マルコ・パソット

2022.01.05

目の肥えたミラニスタたちからの注目を集めた本田。彼のひたむきな姿には、称賛の拍手が送られるシーンも少なくなかった。(C)Getty Images

目の肥えたミラニスタたちからの注目を集めた本田。彼のひたむきな姿には、称賛の拍手が送られるシーンも少なくなかった。(C)Getty Images

 今、ミラニスタに「本田圭佑」と問えば、真っ先にどんなシーンを思い浮かべるだろうか。

 2014-15シーズン開幕直後の7試合で6ゴール決めたこと、2017年のボローニャ戦でFKを決めミランをヨーロッパの舞台に戻したこと――。印象的なシーンはさまざまにある。

 もちろんいいことばかりではないだろう。彼のプレーには波があり、その結果、多くのブーイングを—他の選手に原因があることも多かったが—サン・シーロで浴びせられた。最終シーズンにおいては、モンテッラ監督にほとんど顧みられることがなく、ベンチに置かれていた。

 本田がメキシコへ旅立ってからの1年、ミランという船は2億ユーロをかけて補強したにもかかわらず、あちこちに水漏れが目立っていた。その当時、ミラニスタは本田の不在を何度もSNSで嘆いていた。彼らが、当時31歳のサムライを恋しがっていたのは、サッカーに真面目な選手をチームにとどめておきたかったからに違いない。

 4年半という時間でミラニスタの印象に残ったのは、どんな仕事にも真摯だった本田の姿だ。本物のプロとして人々に記憶される選手は、世界広しと言えども、そう多くはない。

文●マルコ・パソット(ガゼッタ・デッロ・スポルト紙)
翻訳●利根川晶子
 
【著者プロフィール】
Marco PASOTTO(マルコ・パソット)/1972年2月20日、トリノ生まれ。95年から『ガゼッタ・デッロ・スポルト』紙で執筆活動を始める。2002年から8年間ウディネーゼを追い、10年より番記者としてミランに密着。ミランとともにある人生を送っている。

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