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イギリス選手として77年ぶりの戴冠! マリーがジョコビッチを下し悲願の初優勝/2013年男子決勝【ウインブルドン名勝負】

渡辺隆康(スマッシュ編集部)

2020.07.05

フレッド・ペリー以来77年ぶりとなる英国人の優勝。マリーは誇らしげにトロフィーを掲げた。写真:THE DIGEST写真部

 今年のウインブルドンは残念ながら中止となってしまった。そこで過去の名勝負の記事をシリーズで掲載。今回は2013年男子決勝、マリー対ジョコビッチだ。

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 センターコートは異様な興奮に包まれていた。1ポイントずつマリーが優勝に近付くたび、人々は熱狂的な叫び声を上げ、スタンドを揺るがすような拍手を送る。そしてついに迎えた77年ぶりの歓喜の瞬間、喚声とも悲鳴ともつかぬ大音響が交錯し、やがてそれは「アンディ」コールへと一体化していった。

 実はこの時の様子を、当のマリーは覚えていない。「最後の30分くらい、記憶がはっきりしないんだ」と明かす。

 確かに彼の挙動は少しおかしかった。勝利のガッツポーズをファミリーボックスとは反対側に向かって示し、そこら中をあてどなく歩き回ったり、客席との仕切りに腰掛けてみたりした。ファミリーボックスに向かったのは、しばらく経ってからだ。すでに五輪や全米で頂点を経験しているマリーにとっても、ウインブルドン制覇の興奮は我を失うほど大きかったのだろう。

「これは全米とは違う。ウインブルドン優勝なんて、まだ信じられない。実感がわかないし、とにかく信じられないよ」。マリーは何度も信じられないという言葉を口にした。
 
 しかし今大会での彼のテニスを見れば、誰もがチャンピオンにふさわしいと認めるはずだ。技術、戦術、体力、そしてメンタルと、あらゆる面で成長しているのが見て取れた。

 以前のマリーは、調子に乗れないと守備的になりすぎる傾向があり、スピンをかけた山なりのボールでつないでは、相手に打ち込まれるという悪循環が目立った。あるいは2年前にここでナダルに逆転負けした時のように、先行したことで気を良くし、強引な攻めに出て墓穴を掘ることもある。要するに、攻守のバランスが確立できていなかったのだ。

 ところが今大会ではそうした面が完全に払拭されていた。攻めも守りも淀みなくこなし、強打で押してくる相手にはそれ以上のボールで攻め返した。それが特に顕著だったのが決勝だ。ジョコビッチは最初からギアを上げてマリーを振り回したが、マリーはしぶとく追いつき、なおかつスピンではなく相手を上回る低弾道の強打で応酬した。それでいてミスをほとんど犯さない精度の高さは、驚嘆に値する。

 ジョコビッチは言う。「彼は身体を伸ばしてあり得ない返球をしてきたし、ドロップショットにもよく追いつき、コート全体をカバーしていた。疑いなく素晴らしいテニスだった。彼は勝者にふさわしい」