全米オープンテニス開催に合わせて、月刊スマッシュの過去のリポートの中から、大坂なおみの「全米名勝負」をピックアップしてお送りする。3回目は2017年に大坂が演じたビッグアップセット、対ケルバー戦だ。
◆ ◆ ◆
ケルバーのショットが乾いた音を響かせネットを叩いた時、彼女はふわりと笑みを浮かべ、勝利はさも当然といった様子で、小さくガッツポーズを握りしめただけだった。
「勝ったらラケットを放り投げるなどして、もっと大喜びすると思ってたんだけれど……」
子どもの頃から夢見た、全米オープンセンターコートでの勝利――。その瞬間が予想より控え目に終わったことを、彼女は「残念」だと小さく笑った。
本人いわく「顔の筋肉が動きにくい」がため感情が表に出にくい大坂は、その内に豪胆と小心、大胆さと繊細さなどの背反する気質を、絶妙なバランスで内包しているアスリートだ。ケルバーとの対戦を控え「勝つチャンスが自分にも十分ある」と断言し、「大きなスタジアムが大好き」と公言した大坂だが、前年優勝者が待つセンターコートに向かう時、「ものすごく緊張していた」ことを認めた。
しかしコート上の彼女は、そんな内面での葛藤を一切周囲に見せない。「今日は積極的に使っていこう」と決めていたフォアを伸びやかに振り切り、ケルバーのバックを攻めていく。
第5ゲームではブレークポイントに面するが、強打で押し込み最後はバックのスイングボレーで切り抜ける。そしてこの危機を脱した頃から、彼女のプレーは一層豪胆さを増していった。
第8ゲームを相手のダブルフォールトに乗じブレーク。続くゲームでは再びブレークの危機を迎えるが、ケルバーが得意とするフォアの逆クロスをカウンターで打ち返し、2万人から大歓声を引き出すパッシングショットを叩き込む。この一撃で加速した大坂は、第1セットを奪い去ると、第2セットもブレークスタートの電車道。落胆と焦燥を隠せぬケルバー相手に、瞬く間にゲームカウント5-1とリードを広げた。
しかしこの時、昨年のキーズ戦で同じスコアから逆転負けを喫した悪夢が、彼女の脳裏をよぎったという。「あの時と似た怯えが湧き上がってきた。最後は、緊張していてやっとサービスを返したような状態だったし、長いラリーはしたくなかった」。前年優勝者を圧倒していた人とは思えぬ虚心さで、大坂が認める。
「だから、最後に彼女(ケルバー)がミスしてくれた時は、ホッとした」
派手な喜びが飛び出さなかったのは、自信からではなく、安堵のため。その安堵と共に手にしたのは、悪夢への決別と掛け替えのない勝利。自分の弱さをも認める強さを手に、19歳が快進撃への一歩を大きく踏み出した。
◆2017年1回戦
大坂なおみ[6-3 6-1]アンジェリーク・ケルバー(6)
取材・文●内田暁
【PHOTO】全米・全豪を制覇した大坂なおみのキャリアを厳選フォトで一挙振り返り!
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ケルバーのショットが乾いた音を響かせネットを叩いた時、彼女はふわりと笑みを浮かべ、勝利はさも当然といった様子で、小さくガッツポーズを握りしめただけだった。
「勝ったらラケットを放り投げるなどして、もっと大喜びすると思ってたんだけれど……」
子どもの頃から夢見た、全米オープンセンターコートでの勝利――。その瞬間が予想より控え目に終わったことを、彼女は「残念」だと小さく笑った。
本人いわく「顔の筋肉が動きにくい」がため感情が表に出にくい大坂は、その内に豪胆と小心、大胆さと繊細さなどの背反する気質を、絶妙なバランスで内包しているアスリートだ。ケルバーとの対戦を控え「勝つチャンスが自分にも十分ある」と断言し、「大きなスタジアムが大好き」と公言した大坂だが、前年優勝者が待つセンターコートに向かう時、「ものすごく緊張していた」ことを認めた。
しかしコート上の彼女は、そんな内面での葛藤を一切周囲に見せない。「今日は積極的に使っていこう」と決めていたフォアを伸びやかに振り切り、ケルバーのバックを攻めていく。
第5ゲームではブレークポイントに面するが、強打で押し込み最後はバックのスイングボレーで切り抜ける。そしてこの危機を脱した頃から、彼女のプレーは一層豪胆さを増していった。
第8ゲームを相手のダブルフォールトに乗じブレーク。続くゲームでは再びブレークの危機を迎えるが、ケルバーが得意とするフォアの逆クロスをカウンターで打ち返し、2万人から大歓声を引き出すパッシングショットを叩き込む。この一撃で加速した大坂は、第1セットを奪い去ると、第2セットもブレークスタートの電車道。落胆と焦燥を隠せぬケルバー相手に、瞬く間にゲームカウント5-1とリードを広げた。
しかしこの時、昨年のキーズ戦で同じスコアから逆転負けを喫した悪夢が、彼女の脳裏をよぎったという。「あの時と似た怯えが湧き上がってきた。最後は、緊張していてやっとサービスを返したような状態だったし、長いラリーはしたくなかった」。前年優勝者を圧倒していた人とは思えぬ虚心さで、大坂が認める。
「だから、最後に彼女(ケルバー)がミスしてくれた時は、ホッとした」
派手な喜びが飛び出さなかったのは、自信からではなく、安堵のため。その安堵と共に手にしたのは、悪夢への決別と掛け替えのない勝利。自分の弱さをも認める強さを手に、19歳が快進撃への一歩を大きく踏み出した。
◆2017年1回戦
大坂なおみ[6-3 6-1]アンジェリーク・ケルバー(6)
取材・文●内田暁
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