海外テニス

振り切れる喜びと、失われた感覚……。錦織圭が10セットの戦いの中で感じたこと【全仏テニス】

内田暁

2020.10.02

錦織は「悪いところも多いが、悪すぎないのが救い」と今回の全仏オープンを振り返った。(C)Getty Images

「まだ安定してプレーできてないところが……それに限るかなと思います」
 2回戦後の会見で、錦織は開口一番、そう言った。

 試合時間は4時間に迫り、スコアは4-6、6-2、6-7(7)、6-4、2-6。取ったセットと落としたセットが、そのまま良かった時間帯と、悪いプレーの時間帯の比重を映しているだろう。

 本人が、復帰後では「一番良かった」というプレーは、特に第2セットに集中していただろうか。相手の武器であるフォアの強打をフォアで鋭く打ち返し、ドロップショットやネットプレーに展開する。あるいは、バックのクロスで打ち合うたびに角度をつけ、そのままウイナーを奪ったシーンもあった。

 一方で試合の立ち上がりなど、特にフォアハンドでミスが続く場面も散見する。「リズムや感覚がつかめていれば、3セットで勝てた試合だった」と振り返るその言葉に、良い時間帯が続かぬもどかしさが塗り込められていた。

 復帰戦から今回の全仏オープンまで4大会、計6試合戦い終えた時点で、本人がまだ「うまくいっていない点」と感じているのは、「ボールを打つ感覚」だという。練習では良くても、駆け引きと緊張、そして不確定要素が交錯する実戦のコート上では、やはり同じようにはいかない。
 
 この2回戦のステファノ・トラバグリアのように、多少スイートスポットを外れても力で押し込んでくる選手もいれば、初戦のダン・エバンスのように、低く滑るスライスを多用する選手もいる。風やイレギュラーもあり、同じ球種を同じ打点で打つことなど二度とない。そのようなテニスという競技の特性の中で、ボールの感覚が乏しくとも、「振り切ってプレーしなくてはいけない」と錦織は言う。

 それら失われた感覚や、ラケットを振り抜くトリガーとなる「自信」を得るには、試合を重ねていくしかない。その意味では今大会、2度の5セットマッチを戦えたことも「良かった」と前向きに捉えた。

 感覚の欠如に落胆しながらも、「ラケットを振り切れた」瞬間を喜びと共に感じ取り、向かうべき先への指標とする。未だ試合では「自分との戦い」が多く「頭が疲れる」と言うが、それは避けては通れぬ完全復帰への通過儀礼であることを、過去の経験から彼は熟知しているだろう。

「悪いところも多いですが、悪すぎないのが唯一救いですね」
2回戦敗退という結果を、それ以上ともそれ以下にも見ることなく、合計7時間41分、10セットを戦った貴重な経験値として、錦織は秋のローランギャロスを後にした。

取材・文●内田暁

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