海外テニス

グラフのファンに背中を刺されPTSDを発症の後、全豪で優勝を遂げたモニカ・セレス【テニス復活物語】

久見香奈恵

2020.11.10

1993年、グラフファンに背中を刺される事件を経て、96年の全豪オープンで復活優勝を飾ったセレス。(C)Getty Images

 モニカ・セレス。プロツアーデビュー大会で、あのクリス・エバートを破りWTA初タイトルを獲得するという偉業達成から彼女のプロ人生が始まった。翌年には、わずか16歳で全仏優勝を成し遂げ、故郷、ユーゴスラビアの天才少女と呼ばれた。決勝では当時、世界No.1のステフィ・グラフをストレートセットで打ち負かし、同年のツアーチャンピオンシップでも最年少優勝者として記録を樹立。並外れたスピードで世界トップへの階段を駆け上がった伝説の選手である。

 彼女の大躍進は止まらず、デビューしてから5年の間で全豪3連覇、全仏3連覇、全米2連覇を成し遂げ、生涯グランドスラム達成まであと一息と、キャリアの絶頂期に差し掛かっていた。

 しかし、思わぬ事件から彼女の輝かしい道が閉ざされてしまう。

 1993年のドイツのハンブルグで開催されたシチズンオープンの準々決勝、6-4、4-3とセレスのリードで迎えたチェンジエンドで忌まわしい事件がおきた。試合終盤を締めくくるべく、集中力を高めようとストリングのずれを直し、飲み物を口に運び、つかの間のレストをしているとき、突然セレスの悲鳴がコートに響いたのだ。
 
 6000人の観客はいったい何が起きたかのかわからなかったが、セレスのベンチ裏では1人の男が取り押さえられていた。なんと男は25cmもあるナイフで、休憩中の彼女の背中を刺したのである。不意に攻撃を受けたセレスは、驚きと痛みのあまり背中を右手で抑え立ち上がり、後にコートで倒れ込んでしまう。衝撃の光景に会場は騒然とし、対戦相手のマグダレナ・マリーバも恐怖から涙を浮かべ怯え続けていた。

 当初はセレスがユーゴスラビア紛争に関して脅迫を受けていたこともあり、政治的な動機かと予測された。しかし調査した結果、犯人の男は熱狂的なグラフのファンであることがわかり、彼女の世界一奪還を望み、この悪質な事件を引き起こしたと判明した。

 左肩甲骨付近を1.5cmの深さで刺された彼女だったが、幸いにも重要な臓器の損傷は無く、医師からは約1か月で復帰できるだろうと予想された。だが、この事件をきっかけに彼女はPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症してしまい、コートでの競争世界に戻れなくなってしまう。その後、ストレス反応による暴飲暴食に陥り体重増加に苦しんだ。加えて、世界一に導てくれた父の癌が発覚してからは彼女を追い詰める一方であった。