国内テニス

理想のテニスより、泥臭い勝利を追い求める――所属先を変えてリスタートした守屋宏紀、30歳の勝負哲学<SMASH>

内田暁

2021.04.09

オンラインで取材に応じてくれた守屋。一時は自分のテニスを見失いかけたが、新たなプレーが形になりつつある今は、再び勝利への執念を燃やしている。写真:内田暁、THE DIGEST写真部

 30度を超える猛暑のなか、3時間35分の死闘を戦い抜いた彼は、控え目なガッツポーズを掲げて天を仰いだ。「ラッキーカラー」であるイエローフレームのサングラスを外すと、下から除くベビーフェイスは、21歳の実年齢より若く見える。

 2012年8月、ニューヨーク——―。

 グランドスラムの予選出場3大会目にして、彼は全米オープン本戦の切符を勝ち取った。ランキングは、年始の330位から大きくジャンプアップして231位。それでも「できるだけ早くトップ100に入りたいと思っているので、自分としては早いとも思わない」と、穏やかな口調に自負を込める。

 目に映る何もかもが新鮮で、一打一打が自身を成長させてくれる疾走感に、当時の彼は身を委ねていた。

 あの時から8年半経った今、守屋宏紀は「一番の目標は、出た試合に勝っていくことです」と、篤実な口調で言う。

 2020年シーズンを迎えた時は、「トップ100入りと、グランドスラム本戦の勝利」を目的地に掲げていた。だが、コロナ過で明日の予定も見えない今、それを目標として口にすると、逆に安っぽくなってしまう。
 
 現在のランキングは267位。普段ならATPチャレンジャーに出られるランキングだが、数少ない開催大会に選手が集中する昨今の趨勢では、チャレンジャー予選の席すら安泰ではない。だからどんなに泥臭かろうとも、目の前の勝利を追い求める。それが今の、彼の勝負哲学だ。

 全豪オープンとウインブルドン本戦に出場した2015年は、守屋にとって、最も充実したシーズンだった。キャリア最高位の143位に達したのも、この年のこと。

 ボールの跳ね際を捉え、相手の球威を生かした早い展開で攻める守屋のテニスは、特に芝の上で生える。その美しい球筋と速いリズムを生かし、ウインブルドンでは予選を突破。本戦初戦で、世界9位のマリン・チリッチにストレートで敗れるも、ビッグサーバー相手に持ち味を発揮し見せ場も作る。目指し続けたトップ100も、いよいよ射程圏内に入ったかに思われた。

 だがそこで、数字的には壁に当たる。殻を破るため、苦手とするクレーコートが主戦場のスペインに渡るも、「もっと自分からボールを強く打っていけ」という指導に戸惑い、自分のテニスを見失いかけた。2018年初頭にはランキングを300位台まで落とし、同じアカデミーの選手と共に、エジプトの賞金総額15,000ドル大会を回ったこともある。
 
NEXT
PAGE
あの全米でつながった縁で新たなサポートが