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国内テニス

井上雅、現役最後の戦いがスタート。「全ての試合が決勝戦」との思いを胸に全日本初戦を突破<SMASH>

内田暁

2021.10.30

2018年、井上雅は全日本選手権での自己最高成績となるベスト8に進んだが、わずかの差で4強を逃した。最後の全日本、彼女はどこまで優勝に近付けるだろうか。写真:THE DIGEST写真部

2018年、井上雅は全日本選手権での自己最高成績となるベスト8に進んだが、わずかの差で4強を逃した。最後の全日本、彼女はどこまで優勝に近付けるだろうか。写真:THE DIGEST写真部

 ウイナー級の鋭いリターンで試合を決めると、「カモーン!」の叫びとともに身を翻し、ベンチの一点を見つめた。

 感染症対策のため、そこにファンの姿はない。常に支えてくれた家族も、会場には来られない。それでも拳を振りかざした先には、コーチや、キャリアの中で関わってきた関係者たちがいる。

 井上雅の、12年に及ぶプロキャリア最後の大会は、まずは白星でスタートした。

 全日本選手権1回戦。対戦相手の小林ほの香は、プロ転向3年目の21歳。ボールをクリーンに打ち分ける、穴の少ない選手だ。対する井上は、「ビーム」の異名を取る低い軌道のフラットショットを、早いタイミングで打ち込んでいく。

 だが……振り抜くフォアの強打が、サイドラインを割る場面が目立った。これが現役最後の大会だという気負いからか、やや攻め急いでいるようにも見える。それでも第1セットは、6-3で奪取。第2セットは先にブレークを許し、セットポイントの危機に瀕するも、終盤で追いつきタイブレークの末にもぎ取った。

 勝利後の安堵の表情に、抱えた重圧の一端がこぼれたよう。ところが当の本人は、「それほど緊張したわけではないんですが」と至って涼しい顔だ。

「オーバーパワーしようとしすぎました。『これが全部入ったら、私すごくない!?』って思いながらプレーしてたんですが、コーチからは、3本に1本しか入ってなかったよ』って言われて」

 あっけらかんと言う声に、悲壮感の色はない。打ちすぎは硬さというよりも、むしろ調子の良さの表出だった模様。
 
「第1セットの中盤くらいから、少し力を抜いてもポイントが取れるなと思ってから楽になりました」。強打とコントロールのバランスを見つけ、目の前の1ポイントを取ることに集中しつつ、9歳年下の相手に経験の差を示した勝利だった。

 ウインブルドンJr.のベスト4を筆頭に、若くしてスポットライトの当たる場に躍り出た井上だが、全日本選手権との相性は不思議と良いとは言えない。同期の奈良くるみや土居美咲は、いずれも10代の時に全日本のタイトルをつかみ世界へと飛び立った。井上にも、自分も早く取りたいとの力みもあっただろうか。

「いつもベスト8より上を目指してきた。勝てばベスト4の試合のマッチポイントまで行きながら、取れなかったこともある」との悔しい記憶も、この大会には張り付いている。「日本一になれるチャンスのある大会」との強い意識が、一撃必中の井上の強打を、わずかにラインを逸らせてきたのかもしれない。

 最後の全日本選手権に挑む今、井上は、「もちろん目標は優勝ですが、私にとっては、全ての試合が決勝戦のようなもの」と笑う。

 緊張感はありながらも、過剰な気負いや切迫感のない佇まい。混じり気のない井上雅のテニスが、最後のコートに描かれていく。

取材・文●内田暁

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