戦前に「試合を楽しみたい、このコートを噛みしめたい」と抱いたその想いは、半分は果たされ、半分は不完全燃焼だったろう。
予選を勝ち上がった本玉真唯の初のウインブルドンは、第1セット4-1とリードしたところで、相手のクララ・タウソン(デンマーク)の棄権により終幕する。グランドスラム初勝利は、かくして唐突に訪れた。
とはいえこの一勝が、本玉のプレーと勝利の価値を棄損するものではない。当時の朝から「緊張はなかった。イギリスに来てから一番調子が良い」と明言するほどに、コートでの本玉のプレーは伸びやかだった。
相手はジュニア時代から期待された19歳の新鋭だが、長身ゆえに足元のボールは苦手とするだろうと踏み、低い軌道のショットを左右に打ち分けた。わずか5ゲームではあるが、予選から積み上げてきた攻撃的かつ粘り強い本玉のテニスを、存分に聖地の芝の上に描いた末の勝利である。
ジュニア時代から世界の舞台で活躍し、22歳で予選を突破しグランドスラム本戦デビュー。その足跡は順当とも、コロナ禍に躍進の足を取られたとも見えるだろう。
ただ本人は、「テニスをやってきた中で一番しんどかったのは、イギリスに来る前の2週間」だと、ついひと月前の日々を振り返る。
昨年末にランキングを上げたことにより、今季はWTAやチャレンジャーの高いレベルを主戦場とした。結果、競った試合が多いながらも、勝利は思うように手に入らない。
その事実が、シーズン中盤に入り、心に重くのしかかった。
「ポイントを失うとか、ランキングのことを考えすぎちゃって。コーチたちは上を見ていたのに、わたしはランキングが落ちることばっかり考えていた」
長い目で見れば、ツアーレベルで競った試合ができていることは、将来につながる経験。だが当時の本玉には、敗戦という結果しか目に入らなかった。
気持ちが立て直せないなかで、全仏後は2週間コートを離れたという。
「コーチたちを裏切ってしまった」
後ろめたさも、さらに気持ちを沈ませた。
そんなポイントへの執着を振り払ったのは、矛盾するようだが、ポイントのないウインブルドン予選への出場を決めた頃だ。
「子どもの頃からテレビでも見ていた、いちばん大好きな大会」という純然たるウインブルドンへの憧憬が、「楽しむ」気持ちをよみがえらせた。
今回、本戦の初戦に挑む際にも、日本に居るコーチの神尾米さんからは、「楽しんできて!」と電話で背を押されたという。「がんばれー!」という日本語の声援も飛ぶ中で戦い、結果的に得た勝利。
「今ウインブルドンに来て、なぜあんなにポイントのことを考えちゃってたんだろって」
試合後にはそう言いながら、無邪気な笑みを顔中に広げた。
“ポイント無し”の特別処置により、むしろ聖地での試合を楽しめたのは、僥倖でも運命的でもある。
そのなかで、まずは勝利を得た。楽しむ心も取り戻せた。だからこそ2回戦では、初戦で唯一得られなかった“完全燃焼感”をつかみにいく。
現地取材・文●内田暁
【PHOTO】ウインブルドン2022に挑む、本玉真唯ら日本人選手たち
予選を勝ち上がった本玉真唯の初のウインブルドンは、第1セット4-1とリードしたところで、相手のクララ・タウソン(デンマーク)の棄権により終幕する。グランドスラム初勝利は、かくして唐突に訪れた。
とはいえこの一勝が、本玉のプレーと勝利の価値を棄損するものではない。当時の朝から「緊張はなかった。イギリスに来てから一番調子が良い」と明言するほどに、コートでの本玉のプレーは伸びやかだった。
相手はジュニア時代から期待された19歳の新鋭だが、長身ゆえに足元のボールは苦手とするだろうと踏み、低い軌道のショットを左右に打ち分けた。わずか5ゲームではあるが、予選から積み上げてきた攻撃的かつ粘り強い本玉のテニスを、存分に聖地の芝の上に描いた末の勝利である。
ジュニア時代から世界の舞台で活躍し、22歳で予選を突破しグランドスラム本戦デビュー。その足跡は順当とも、コロナ禍に躍進の足を取られたとも見えるだろう。
ただ本人は、「テニスをやってきた中で一番しんどかったのは、イギリスに来る前の2週間」だと、ついひと月前の日々を振り返る。
昨年末にランキングを上げたことにより、今季はWTAやチャレンジャーの高いレベルを主戦場とした。結果、競った試合が多いながらも、勝利は思うように手に入らない。
その事実が、シーズン中盤に入り、心に重くのしかかった。
「ポイントを失うとか、ランキングのことを考えすぎちゃって。コーチたちは上を見ていたのに、わたしはランキングが落ちることばっかり考えていた」
長い目で見れば、ツアーレベルで競った試合ができていることは、将来につながる経験。だが当時の本玉には、敗戦という結果しか目に入らなかった。
気持ちが立て直せないなかで、全仏後は2週間コートを離れたという。
「コーチたちを裏切ってしまった」
後ろめたさも、さらに気持ちを沈ませた。
そんなポイントへの執着を振り払ったのは、矛盾するようだが、ポイントのないウインブルドン予選への出場を決めた頃だ。
「子どもの頃からテレビでも見ていた、いちばん大好きな大会」という純然たるウインブルドンへの憧憬が、「楽しむ」気持ちをよみがえらせた。
今回、本戦の初戦に挑む際にも、日本に居るコーチの神尾米さんからは、「楽しんできて!」と電話で背を押されたという。「がんばれー!」という日本語の声援も飛ぶ中で戦い、結果的に得た勝利。
「今ウインブルドンに来て、なぜあんなにポイントのことを考えちゃってたんだろって」
試合後にはそう言いながら、無邪気な笑みを顔中に広げた。
“ポイント無し”の特別処置により、むしろ聖地での試合を楽しめたのは、僥倖でも運命的でもある。
そのなかで、まずは勝利を得た。楽しむ心も取り戻せた。だからこそ2回戦では、初戦で唯一得られなかった“完全燃焼感”をつかみにいく。
現地取材・文●内田暁
【PHOTO】ウインブルドン2022に挑む、本玉真唯ら日本人選手たち