初戦は、ダニエル・ガランに6-4、6-1で快勝し、2回戦では第10シードのアレックス・デミノーに「何をしてもやられた」と落胆する1-6、2-6の敗戦――。それが今年の「BNPパリバ・オープン」(アメリカ・インディアンウェルズ)での、ダニエル太郎の結果だった。
昨年は予選から勝ち上がり、当時23位のマテオ・ベレッティーニを破って3回戦へ。その翌週のマイアミ・オープンでも、当時15位のアレクサンダー・ズベレフから殊勲の星をつかみ取っていた。言わば、良い思い出の大会シリーズへの帰還。
ただ……、「うまく行ったシーズンの翌年は、誰もが責任感を感じる」と、ダニエルはその難しさに言及した。
「人は楽観主義になりがちだから、前の年がうまくいくと、次はもう、トップ100なんて簡単にいられるだろうとか考えてしまうけど、現実はそうはいかない。それがツアーの難しさですね」
いつもながら、語り口はソフトながら、一語一語の含有量は多く重厚的。今年1月に31歳を迎え、ツアー経験は10年を超えた今でもその難しさは感じるのかと問うと、「わかってはいるんですが、だからといって感じないわけではない」と苦笑いを浮かべた。
「今回も準備時のテニスの調子は良いのに、試合前になったら『やばい、今日負けたらどうしよう』とか、『こんなに家族や友達がたくさん来てくれている、良いところを見せたいな』と感じてしまう。そういうのは、テニスをやっている限りはたぶん、一生なくならないと思う」
ただ……とさらに、彼は続ける。
「それに対しての、自分とのリレーションシップ(=関係性・距離感)みたいなものは変わっていく。つらさは絶対に変わらないので、そこに対する意識の強さを作るのが大事なのかなと思います」
そのような難しさと日々直面する中で、ダニエルはテニスのプレーそのものの進化にも常に取り組んできた。
特に4年前に、マリア・シャラポワら数多くのトッププレーヤーのコーチ経験を持つスベン・グローネフェルトと出会ってから、誰の目にも明らかなほどにプレースタイルが進化した。ポジションを高く保って打ち合いを支配し、積極的にネットにも詰める姿は、かつての“守りの人”のイメージを一新する。
もっともダニエル本人は、10年前にも「今のようにプレーするイメージはあった」と言った。
「でも2014年から17年くらいまでは、コーチがまだそういうのを支えてくれるタイプではなかった。そこから一回、スペインを離れて(JTAの)高田(充)コーチのところに行ったり、自分の陣営を見つけて、固めていけた感じだと思います」
昨年は予選から勝ち上がり、当時23位のマテオ・ベレッティーニを破って3回戦へ。その翌週のマイアミ・オープンでも、当時15位のアレクサンダー・ズベレフから殊勲の星をつかみ取っていた。言わば、良い思い出の大会シリーズへの帰還。
ただ……、「うまく行ったシーズンの翌年は、誰もが責任感を感じる」と、ダニエルはその難しさに言及した。
「人は楽観主義になりがちだから、前の年がうまくいくと、次はもう、トップ100なんて簡単にいられるだろうとか考えてしまうけど、現実はそうはいかない。それがツアーの難しさですね」
いつもながら、語り口はソフトながら、一語一語の含有量は多く重厚的。今年1月に31歳を迎え、ツアー経験は10年を超えた今でもその難しさは感じるのかと問うと、「わかってはいるんですが、だからといって感じないわけではない」と苦笑いを浮かべた。
「今回も準備時のテニスの調子は良いのに、試合前になったら『やばい、今日負けたらどうしよう』とか、『こんなに家族や友達がたくさん来てくれている、良いところを見せたいな』と感じてしまう。そういうのは、テニスをやっている限りはたぶん、一生なくならないと思う」
ただ……とさらに、彼は続ける。
「それに対しての、自分とのリレーションシップ(=関係性・距離感)みたいなものは変わっていく。つらさは絶対に変わらないので、そこに対する意識の強さを作るのが大事なのかなと思います」
そのような難しさと日々直面する中で、ダニエルはテニスのプレーそのものの進化にも常に取り組んできた。
特に4年前に、マリア・シャラポワら数多くのトッププレーヤーのコーチ経験を持つスベン・グローネフェルトと出会ってから、誰の目にも明らかなほどにプレースタイルが進化した。ポジションを高く保って打ち合いを支配し、積極的にネットにも詰める姿は、かつての“守りの人”のイメージを一新する。
もっともダニエル本人は、10年前にも「今のようにプレーするイメージはあった」と言った。
「でも2014年から17年くらいまでは、コーチがまだそういうのを支えてくれるタイプではなかった。そこから一回、スペインを離れて(JTAの)高田(充)コーチのところに行ったり、自分の陣営を見つけて、固めていけた感じだと思います」