ビヨン・ボルグが事実上ツアーから退いた1982年。スウェーデンの後輩、マッツ・ビランデルが弱冠17歳で全仏オープンに初優勝し、ボルグの後継者として一躍脚光を浴びる。
プレースタイルはトップスピン主体のベースライナーで、バックハンドはもちろん両手打ち。彼が使うロシニョールの『F200』は、日本で大人気のラケットとなった。
また、2つ年下のステファン・エドバーグも1984年のロサンゼルス・オリンピックで優勝。スウェーデンは、ビランデル、エドバーグという若くて才能のある選手を中心にデビスカップでも大活躍することになる。
分解写真で紹介したのは、ビランデルのトレードマークと言える両手打ちバックハンド。これを見てもわかるように、手首を積極的に利かせたボルグに比べ、肩・ヒジ・手首をバランス良く使ってこすり上げるビランデルのフォームは、より多くの人にとって参考にしやすかった。両手バックの教科書として彼のフォームを真似させたコーチもたくさんいたほどだ。
もう1つ特筆すべきは、ビランデルは年を経るにつれオールラウンダーに変身した点。ストロークで粘るだけのプレースタイルでは通用しなくなった80年代後半の男子テニス界において、ビランデルはネットプレーやスライスにも磨きをかけ、全仏だけでなく全豪や全米でも優勝した。やがて世界の主流となるオールラウンドテニスへの流れを作った1人と言えるだろう。
【プロフィール】マッツ・ビランデル/Mats Wilander(SWE)
1964年生まれ。ATPランキング最高位1位(88年9月)。グランドスラム通算7勝(AUS:83・84・88年、RG:82・85・88年、US:88年)。ボルグ、エドバーグと並んでスウェーデンテニス界の黄金期を築いた3強豪の1人。82年全仏では、17歳9カ月の若さでGS初優勝を飾る。88年にキャリアの最盛期を迎え、ウインブルドンを除く3つのGSで優勝するが、以降は成績が下降。96年の引退までメジャータイトル獲得はなかった。引退後はサフィンのコーチを務めたこともある。
編集協力●井山夏生 構成●スマッシュ編集部
【PHOTO】ボルグ、コナーズetc…伝説の王者たちの希少な分解写真を公開!
プレースタイルはトップスピン主体のベースライナーで、バックハンドはもちろん両手打ち。彼が使うロシニョールの『F200』は、日本で大人気のラケットとなった。
また、2つ年下のステファン・エドバーグも1984年のロサンゼルス・オリンピックで優勝。スウェーデンは、ビランデル、エドバーグという若くて才能のある選手を中心にデビスカップでも大活躍することになる。
分解写真で紹介したのは、ビランデルのトレードマークと言える両手打ちバックハンド。これを見てもわかるように、手首を積極的に利かせたボルグに比べ、肩・ヒジ・手首をバランス良く使ってこすり上げるビランデルのフォームは、より多くの人にとって参考にしやすかった。両手バックの教科書として彼のフォームを真似させたコーチもたくさんいたほどだ。
もう1つ特筆すべきは、ビランデルは年を経るにつれオールラウンダーに変身した点。ストロークで粘るだけのプレースタイルでは通用しなくなった80年代後半の男子テニス界において、ビランデルはネットプレーやスライスにも磨きをかけ、全仏だけでなく全豪や全米でも優勝した。やがて世界の主流となるオールラウンドテニスへの流れを作った1人と言えるだろう。
【プロフィール】マッツ・ビランデル/Mats Wilander(SWE)
1964年生まれ。ATPランキング最高位1位(88年9月)。グランドスラム通算7勝(AUS:83・84・88年、RG:82・85・88年、US:88年)。ボルグ、エドバーグと並んでスウェーデンテニス界の黄金期を築いた3強豪の1人。82年全仏では、17歳9カ月の若さでGS初優勝を飾る。88年にキャリアの最盛期を迎え、ウインブルドンを除く3つのGSで優勝するが、以降は成績が下降。96年の引退までメジャータイトル獲得はなかった。引退後はサフィンのコーチを務めたこともある。
編集協力●井山夏生 構成●スマッシュ編集部
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