2024年7月28日、アトランタ――。
北米シリーズとしてこの地で開催されてきた男子テニスのATPツアー大会が、この日、15年の歴史に幕を引いた。
アンディ・ロディックやジョン・イズナーら、時のアメリカのトップ選手たちが名を連ねる歴代優勝者リストの、その最後を飾るのは、西岡良仁。キャリア3勝目となる今回のツアータイトルは、この1年、苦しい戦いが続いていた西岡にとって、積み上げてきた経験と試行錯誤の正しさの証明でもあった。
もし、西岡が今季前半のどこかで幾つかの白星をつかんでいたら、彼は今、パリにいたかもしれない。パリ・オリンピックの出場資格は、全仏オープン直後の6月10日時点でのランキングで決まる。その時の西岡の世界での地位は、104位。その2週間前なら70位で、4週間後は86位。不運にもと言うべきか、この1年間で最もランキングの下がった週が、オリンピックの当落を決める期日と重なった。
「やっぱり、出られなかったのは正直キツかったすね」
そう彼が胸の内を吐露したのは、オリンピック出場を逃してから日も浅い頃のこと。
「自分では出られると思っていましたし、結局、今はこうやって出られるランキングに戻っているじゃないですか。結構、もどかしい感じはあるし、もちろん残念ではあります」
それでも彼は、「最後までトライした結果だったので、仕方ないかなと思います」と言った。
悔しさを抱えながらも、この時の彼が前を向けた訳は、自分のテニスに新たな可能性を見出していたからでもあるだろう。全仏オープンを終えた後、西岡は来たる芝のシーズンに備え、フォアハンドの改良に取り組んでいた。以前よりボールにかける回転量を抑え、フラットに叩くことでスピードとパワーを生むことが目的。背景にあるのは、世界のテニスシーンの変質だった。
身長170㎝と小柄な西岡のテニスの精髄は、精緻なボール制御力と、チェスのように先を見通す戦略性にある。ただ、世代交代が進み台頭する若手のパワーテニスの前では、かつてのセオリーが通じない局面が増えてきた。精緻に組み上げたパズルが完成目前で土台ごとひっくり返されるように、1本の強打で戦術が粉砕される。
「回転をかけるだけでは、相手を押せなくなってきた。ボールをコントロールしたところで、思いっきり打たれたらウイナーを奪われる」
その苦境の中で西岡が試みたのが、ヒジを伸ばしてボールを捉え、遠心力を利する打法だ。ヒントとなったのは、カルロス・アルカラス。21歳にして4つのグランドスラムタイトルを誇る、モダンテニスの旗手である。
ただ、打点を体幹から遠くすると、従来の厚めの握り方ではうまく打てない。そこで、グリップを少し薄くした。周囲からは「今さらグリップを変えるの?」と驚かれたというが、西岡は恐れず突き進む。
北米シリーズとしてこの地で開催されてきた男子テニスのATPツアー大会が、この日、15年の歴史に幕を引いた。
アンディ・ロディックやジョン・イズナーら、時のアメリカのトップ選手たちが名を連ねる歴代優勝者リストの、その最後を飾るのは、西岡良仁。キャリア3勝目となる今回のツアータイトルは、この1年、苦しい戦いが続いていた西岡にとって、積み上げてきた経験と試行錯誤の正しさの証明でもあった。
もし、西岡が今季前半のどこかで幾つかの白星をつかんでいたら、彼は今、パリにいたかもしれない。パリ・オリンピックの出場資格は、全仏オープン直後の6月10日時点でのランキングで決まる。その時の西岡の世界での地位は、104位。その2週間前なら70位で、4週間後は86位。不運にもと言うべきか、この1年間で最もランキングの下がった週が、オリンピックの当落を決める期日と重なった。
「やっぱり、出られなかったのは正直キツかったすね」
そう彼が胸の内を吐露したのは、オリンピック出場を逃してから日も浅い頃のこと。
「自分では出られると思っていましたし、結局、今はこうやって出られるランキングに戻っているじゃないですか。結構、もどかしい感じはあるし、もちろん残念ではあります」
それでも彼は、「最後までトライした結果だったので、仕方ないかなと思います」と言った。
悔しさを抱えながらも、この時の彼が前を向けた訳は、自分のテニスに新たな可能性を見出していたからでもあるだろう。全仏オープンを終えた後、西岡は来たる芝のシーズンに備え、フォアハンドの改良に取り組んでいた。以前よりボールにかける回転量を抑え、フラットに叩くことでスピードとパワーを生むことが目的。背景にあるのは、世界のテニスシーンの変質だった。
身長170㎝と小柄な西岡のテニスの精髄は、精緻なボール制御力と、チェスのように先を見通す戦略性にある。ただ、世代交代が進み台頭する若手のパワーテニスの前では、かつてのセオリーが通じない局面が増えてきた。精緻に組み上げたパズルが完成目前で土台ごとひっくり返されるように、1本の強打で戦術が粉砕される。
「回転をかけるだけでは、相手を押せなくなってきた。ボールをコントロールしたところで、思いっきり打たれたらウイナーを奪われる」
その苦境の中で西岡が試みたのが、ヒジを伸ばしてボールを捉え、遠心力を利する打法だ。ヒントとなったのは、カルロス・アルカラス。21歳にして4つのグランドスラムタイトルを誇る、モダンテニスの旗手である。
ただ、打点を体幹から遠くすると、従来の厚めの握り方ではうまく打てない。そこで、グリップを少し薄くした。周囲からは「今さらグリップを変えるの?」と驚かれたというが、西岡は恐れず突き進む。