海外テニス

これまでのキャリアで途中棄権ゼロ。フェデラーの勝負に対する尊いまでの美学。「希望を捨てたことは、一度もない」

内田暁

2020.02.01

準々決勝で7度のマッチポイントから生還したフェデラー。クーリエら解説陣も途中棄権を心配した。写真=山崎賢人(THE DIGEST写真部)

「今日、ロジャーがコートに立ってくれたことに、まずは最大限の敬意を払います」

 全豪オープンテニスの準決勝。ロジャー・フェデラーから勝利を手にしたノバク・ジョコビッチは、試合後のオンコートインタビューで、開口一番に、そう言った。それはジョコビッチの立場からしても、フェデラーが果たして試合をできるか否か、判断しかねていたことを意味する。

 今大会のフェデラーは、3回戦でジョン・ミルマン相手に、ファイナルセットのマッチタイブレークまでもつれ込む激闘を演じた。そして準々決勝のテニス・サングレン戦では、第2セット途中で股関節に痛みを覚え、第3セットでメディカルタイムアウトを取っている。

 この時点で、メディア席に座っていた各国の記者たちは「フェデラーが棄権するのでは!?」と落ち着きを失い、テレビ中継ではジム・クーリエらが「今まで見たことのないシーンを目撃することになるかも」との予測を口にする。「今まで見たことのないシーン」とは、フェデラーの試合途中棄権。38歳になる彼は、この長いキャリアでただの一度も、試合を終えずにコートを去ったことがなかったのだ。
 
 結果として、この不吉な予感は杞憂に終わる。明らかに動きの落ちたフェデラーではあるが、第4セットで7度のマッチポイントを跳ね返し、奇跡的な勝利をつかみ取ったのだ。試合直後の彼は、「こういう試合を勝つには運が必要だ。今日の僕は、ラッキーだった」と、興奮と安堵が入り交じる表情で言葉をこぼした。

 試合から1時間ほど経って行なわれた会見の席で、冷静に状況を分析するフェデラーは、痛みに襲われた後の心境を率直に言葉にする。
「過去に、メディカルタイムアウトから挽回して勝った時のことを考えもした。ケガのことを心配するのは、良い方向に向かないことが多かった。今日の場合は、試合はすでに第3セットの途中まで来ていた。重要なのは、自分には何ができて、何ができないかを正確に把握することだった」

 その命題に至るには、フェデラーをしても1セット以上かかったという。
「もう無理だと思った時間が大半だった。自分に『まだ大丈夫だ』と言い聞かせては、『いや、終わりだ』となった」

 そんな自問自答を繰り返し、第4セットをタイブレークの末に奪った時にようやく、「これで、全ての流れは変わるかもしれない」と信じることができたという。