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海外テニス

女王のままツアーを去ったバーティー。テニス人生で一番重要だったのは「最初の引退から復帰を決めた時」【シリーズ/ターニングポイント】

内田暁

2022.03.25

18歳の時には一度引退し、クリケット選手としてプレーしたこともあるバーティー。そこからテニスへの復帰を決断したことが、人生最大のターニングポイントだったと語る。(C)Getty Images

18歳の時には一度引退し、クリケット選手としてプレーしたこともあるバーティー。そこからテニスへの復帰を決断したことが、人生最大のターニングポイントだったと語る。(C)Getty Images

「私のなかで、一番衝撃だったかもしれない。今まで色んな選手と試合も練習もしているし、若い頃に練習して、『あ、この子来るな』ってなんとなくわかる時、あるじゃないですか。そのダントツ1位が、バーティーでした。何でもできる。弱点がない。『なんだ、この子!?』……と」

 土居を驚かせた1年後、バーティーはウインブルドンJr.を制し、才能を世界に知らしめる。競技テニスから身を引いたのは、そのわずか3年後。ツアーに戻ってきたのが、1年半後の2016年のことだった。

 そして6年後……彼女は、2度目の引退表明をした。

 その2度目の引退のリモート会見で、彼女に尋ねてみた。あなたのキャリアを振り返った時、最も重要な決断やターニングポイントは、どこでしたかと。

「キャリアにおけるターニングポイントは、たくさんあります。でもやはり一番は、最初の引退からの復帰を決めた時ですね。復帰をしようと、ほぼ最終決断をするまでの時間……あそこが一番重要でした。

 最初の引退の時の私は、頭が空っぽのようだった。今は全く違う感覚。とても幸福だし、満たされています」
 
 彼女が「最も重要なターニングポイント」に挙げた、20歳直前でのツアー復帰。幸運にもその当時、彼女にインタビューをする機会があった。その時に彼女が語った「引退していた間に学んだこと」を、以下に当時の原稿そのまま引用する。

「ゴルフやクリケットなど色んなスポーツをやったし、競技からは離れたけれど、子どもたちにテニスを教えてもいたんです。若い子たち……特に女の子にテニスを好きになってもらいたかったから、子どもたちと多くの時間を過ごし、その情熱を肌身で感じていました。でもその頃は、自分がテニスを真剣にすることはなかったですね。

 休養以来、最初にまともにボールを打ったのがケイシー(デラキュア)に会った時。単に友人として会いに行ったつもりだったけれど、彼女と一緒にボールを打った時に、いかに自分がテニスを好きだったか、そしてケイシーをはじめとするツアーの友人たちに会いたいと望んでいたかを知ったんです」
 
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