この井上の成長を通じ、少年少女が世界に羽ばたく過程をも目の当たりにした千頭氏は、自身の手で全国や、いずれは世界で戦える選手を育てたいと望むようになる。その一期生とも言えるのが、長男の千頭昇平。早稲田大学を卒業し、昨年プロの道を歩み始めた。
さて――。ここまでテニスクラブの歴史と千頭コーチの経歴を一通り伺ったうえで、改めて、冒頭の疑問を問い直す。
これほどまでに個性的な選手たちが、いかにして、このクラブから育ったのか?
その問いを解くヒントは、千頭氏が掲げる指導理念にあるだろう。一つには、型ではなく「インパクトの時にしっかりボールを捉えて、効率よく飛ばせられているか」の重視。コート上でのポジショニングや配球、試合における駆け引きなど、曰く「勝負脳」の育成も力を入れている点だ。
そのうえで「僕が一番大事にしているのは……」と、千頭氏は言葉を紡いでいく。
「どんな気持ちで練習しているか。たとえば、錦織圭が来てラリーしてもらえるとなったら、みんな100%でやると思うんですよ。錦織圭の当たりそこないでも、グアーっと走って取りに行く。そんな気持ちを常に持って、練習するようにさせたいんです」
だからこそ、「選手をずーっと見とかなあかん」と千頭氏は言った。観察し、真剣な時とそうでない時を見極める。時には雷を落とすことで、浮き彫りになる本質もあるだろう。教え子の中でも、もっとも個性的なプレースタイルの伊藤あおいは、その好例だ。
「彼女の個性的なプレーに関しては、何も言わない。でもやる気がない練習している時は、コートから引きずり出して『出ていけー!』って叱ったこともありますよ。普通ちっちゃな子が怒られたら、『コーチごめんなさい、一所懸命やります』言いますよ。でも、あいつは全然こたえへん。ほんまにクラブハウスに来て、漫画読んでるからなぁ」
ボヤく千頭氏の声音に愛情が滲み、表情はやさしく砕ける。
「他のクラブでは、親御さんがコーチと衝突したりする子もいるみたいですが、僕とはあまりならない。そういう子たちが、うちのやり方も理解したうえで来るんでしょうね」
千頭氏がシミジミいえば、「あそこは吹き溜まりかって言われてますよ、よそからは」と、範子さんがカラカラ笑う。
そんなお二人の掛け合いに触れて、ふと思う。型にハマったスタイルが無いことこそが、このクラブのスタイルなのだと。
日が西に傾きはじめると、学校を終えた子どもたちが三々五々コートに集い、縄跳びなどのウォームアップの後に声をあげながらボールを打ち始める。
太陽が完全に沈んだ頃、コートサイドで練習をジッと眺める千頭コーチに挨拶し、テニスクラブを後にした。
「こらー、ちゃんとボール追わんかい!」
背にしたクラブ方面から、打球音に交じり、威勢の良い声が聞こえてきた。
取材・文●内田暁
【PHOTO】チェリーTCで鍛えた井上雅プロをジュニア時代から振り返る厳選ギャラリー
さて――。ここまでテニスクラブの歴史と千頭コーチの経歴を一通り伺ったうえで、改めて、冒頭の疑問を問い直す。
これほどまでに個性的な選手たちが、いかにして、このクラブから育ったのか?
その問いを解くヒントは、千頭氏が掲げる指導理念にあるだろう。一つには、型ではなく「インパクトの時にしっかりボールを捉えて、効率よく飛ばせられているか」の重視。コート上でのポジショニングや配球、試合における駆け引きなど、曰く「勝負脳」の育成も力を入れている点だ。
そのうえで「僕が一番大事にしているのは……」と、千頭氏は言葉を紡いでいく。
「どんな気持ちで練習しているか。たとえば、錦織圭が来てラリーしてもらえるとなったら、みんな100%でやると思うんですよ。錦織圭の当たりそこないでも、グアーっと走って取りに行く。そんな気持ちを常に持って、練習するようにさせたいんです」
だからこそ、「選手をずーっと見とかなあかん」と千頭氏は言った。観察し、真剣な時とそうでない時を見極める。時には雷を落とすことで、浮き彫りになる本質もあるだろう。教え子の中でも、もっとも個性的なプレースタイルの伊藤あおいは、その好例だ。
「彼女の個性的なプレーに関しては、何も言わない。でもやる気がない練習している時は、コートから引きずり出して『出ていけー!』って叱ったこともありますよ。普通ちっちゃな子が怒られたら、『コーチごめんなさい、一所懸命やります』言いますよ。でも、あいつは全然こたえへん。ほんまにクラブハウスに来て、漫画読んでるからなぁ」
ボヤく千頭氏の声音に愛情が滲み、表情はやさしく砕ける。
「他のクラブでは、親御さんがコーチと衝突したりする子もいるみたいですが、僕とはあまりならない。そういう子たちが、うちのやり方も理解したうえで来るんでしょうね」
千頭氏がシミジミいえば、「あそこは吹き溜まりかって言われてますよ、よそからは」と、範子さんがカラカラ笑う。
そんなお二人の掛け合いに触れて、ふと思う。型にハマったスタイルが無いことこそが、このクラブのスタイルなのだと。
日が西に傾きはじめると、学校を終えた子どもたちが三々五々コートに集い、縄跳びなどのウォームアップの後に声をあげながらボールを打ち始める。
太陽が完全に沈んだ頃、コートサイドで練習をジッと眺める千頭コーチに挨拶し、テニスクラブを後にした。
「こらー、ちゃんとボール追わんかい!」
背にしたクラブ方面から、打球音に交じり、威勢の良い声が聞こえてきた。
取材・文●内田暁
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