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食と体調管理

【Do My Best, Go!|二階堂蓮・男子ノルディックスキー・ジャンプ|前編】「見返してやるという反骨心」――挫折を越えて掴んだジャンパーとしての道

松原孝臣

2026.06.01

写真:GettyImages

写真:GettyImages

 アスリートへのインタビューを通し、明日への一歩を応援する「Do My Best, Go!」。今回登場するのは、ノルディックスキー・ジャンプでミラノ・コルティナオリンピックに出場、3個のメダルを獲得した二階堂蓮さん。第一線で活躍した経緯、その土台となる食への意識、今後への思いなどを聞いた。


――ジャンプを始めたきっかけを教えてください。

 小学校2年生のとき、小さなジャンプ台を飛んだのが最初です。父はスキージャンプの元選手だったので最初は父がスタート台の後ろに立って僕の手を持ってジャンプの時は手を離して飛ぶという形でした。ジャンプは恐怖心が湧いてなかなかスタートできない子どもが多いですが、僕の場合はすんなりスタートして飛べたのを覚えています。

――ジャンプが楽しいと思ったのはいつ頃ですか?

 最初からですね。もともとアクロバティックなことがしたいヤンチャな子どもだったので、ジャンプを飛ぶのが単純に楽しかったです。特に飛んでいる最中ですね。

――小中学生の頃はどのように練習されていたのでしょうか。

 家の近くにはジャンプ台はなかったので、学校のない土日に札幌まで行って飛んでいました。それ以外の平日は学校が終わった後、家で陸トレをしていました。
 
――ジャンプ台が近くにある少年団の子どもたちと比べると、飛ぶ練習という点ではハンディがあったように思います。その中でも大会で成績を出して、成長できた理由はどのようなところにあったのでしょうか。

 父はワールドカップや世界選手権に出た選手だったことが大きかったと思います。家にいるときも父からジャンプのための動き方や筋肉をどこにつければよいか、必要なトレーニングの方法などを教わっていました。そこは他の子と違うところだったと思います。


――高校は数多くの選手を輩出した下川商業高校に進みます。どのような3年間だったでしょうか。

 競技人生でターニングポイントになった時期でしたね。高校に入ってから、世界ジュニア選手権などには出場することはできましたが、自分の中では納得のいく結果を出せていなかった、むしろ悩んでいた時期が長かったです。

 卒業したら企業に所属して競技をすることも目標にしていましたが、高校3年生のときに企業から声はかかりませんでした。本当に悔しくて、最初はジャンプをやめようと思いました。でもいろいろな人からの説得があって、大学に進学して競技を続けようと決めました。そこで心に火がついて、「見返してやる」という反骨心で取り組みました。その成果が高校3年の冬になってから出始め、成績もよくなっていきました。

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