悲願の戴冠だった。
現地時間3月27日、アメリカ最大の総合格闘技団体『UFC』は、ラスベガスで「UFC260」を開催。大注目のメインで行なわれたヘビー級タイトルマッチでは、挑戦者で同級ランク1位のフランシス・ガヌー(カメルーン)が、3年前に敗れていた王者スティペ・ミオシッチ(米国)から2R途中のKO勝利を収めた。
3年前に敗れていた王者と対峙した“捕食者”は、その愛称にふさわしい力強いKOを見せた。金網へと追いつめてクリンチアッパーの連打を浴びせたガヌーは、危機を脱しようともがくミオシッチに左フックを炸裂させ、オクタゴンに沈めたのだ。
ガヌーは試合後も「すべて学んで成長できた。それがさらに自分を高みに連れて行ってくれた」と口にし、悲願だった自身初のUFCヘビー級ベルト獲得にも謙虚な姿勢は崩さなかった。
現在34歳の剛腕戦士の謙虚さは、壮絶な生い立ちから形成されている。カメルーンのバティエ村の貧困家庭に生まれたガヌーは、貧しさゆえに学校に通うこともできずに苦しい幼少期を過ごした。
父親の影響からストリートファイトに明け暮れていたガヌーは、26歳の時に「タイソンに憧れた」とボクシングでの成功を求めて、格闘技が盛んなフランスを目指した。しかし、金銭的余裕のなかった男は、スペインに近いモロッコを目指して約1年以上もの放浪の旅に出る。
この時の苦労をガヌーは自身のSNSで、こう回想している。
【動画】ミオシッチの顎がぐにゃり…。ガヌーの驚愕KOの決定的瞬間はこちら 「カメルーンからモロッコに向かった旅は1年ぐらい続いた。俺はイリーガルな存在で、難民だった。だからその1年間は本当にひどい生活を送っていた。いくつもの国境を違法に越え、秘密裏に暮らし、ゴミの中の食べ物を探していた。そして、メリリャ(モロッコと国境を共有するスペインの自治都市)に辿り着いた。あそこを越える時の有刺鉄線の痛みは忘れられない。俺の身体の至る所に傷がある」
その後、手をオール代わりにした自力の船で命からがらスペインへ渡ったガヌーは26歳でフランスに行くのだが、ボクサーとして成功を掴もうと降り立った念願の地でも、路上生活を余儀なくされる。
それでも「俺は何も持っていなかったが、夢とそれを信じる想いだけは失わなかった」という男は、ようやく住み込みのジムをみつけ、13年に総合格闘家デビュー。29歳で世界最高峰のUFCとの契約を締結。そして、5年間の戦いを経て、ついにチャンプの座に就いた。
18年にミオシッチに敗れた際には、限界説も囁かれた。だが、それを見事に一蹴したガヌーは、自らを支えてくれた人々に対する感謝を口にしている。
「俺のことを見捨てずに、ずっとそばいてくれた人に感謝したい。すべて自分との約束だった。信じて進んでいくことがね。周囲の疑念は自分が夢を実現させていくことで払拭(ふっしょく)できている。満足感を感じている。幼少期のこともあるが、今は幸せだ」
ミオシッチ戦後には「もっと強くなりたい」と語ったガヌー。心身ともに充実しているベテラン戦士に、今のところ敵は見当たらない。
構成●THE DIGEST編集部
現地時間3月27日、アメリカ最大の総合格闘技団体『UFC』は、ラスベガスで「UFC260」を開催。大注目のメインで行なわれたヘビー級タイトルマッチでは、挑戦者で同級ランク1位のフランシス・ガヌー(カメルーン)が、3年前に敗れていた王者スティペ・ミオシッチ(米国)から2R途中のKO勝利を収めた。
3年前に敗れていた王者と対峙した“捕食者”は、その愛称にふさわしい力強いKOを見せた。金網へと追いつめてクリンチアッパーの連打を浴びせたガヌーは、危機を脱しようともがくミオシッチに左フックを炸裂させ、オクタゴンに沈めたのだ。
ガヌーは試合後も「すべて学んで成長できた。それがさらに自分を高みに連れて行ってくれた」と口にし、悲願だった自身初のUFCヘビー級ベルト獲得にも謙虚な姿勢は崩さなかった。
現在34歳の剛腕戦士の謙虚さは、壮絶な生い立ちから形成されている。カメルーンのバティエ村の貧困家庭に生まれたガヌーは、貧しさゆえに学校に通うこともできずに苦しい幼少期を過ごした。
父親の影響からストリートファイトに明け暮れていたガヌーは、26歳の時に「タイソンに憧れた」とボクシングでの成功を求めて、格闘技が盛んなフランスを目指した。しかし、金銭的余裕のなかった男は、スペインに近いモロッコを目指して約1年以上もの放浪の旅に出る。
この時の苦労をガヌーは自身のSNSで、こう回想している。
【動画】ミオシッチの顎がぐにゃり…。ガヌーの驚愕KOの決定的瞬間はこちら 「カメルーンからモロッコに向かった旅は1年ぐらい続いた。俺はイリーガルな存在で、難民だった。だからその1年間は本当にひどい生活を送っていた。いくつもの国境を違法に越え、秘密裏に暮らし、ゴミの中の食べ物を探していた。そして、メリリャ(モロッコと国境を共有するスペインの自治都市)に辿り着いた。あそこを越える時の有刺鉄線の痛みは忘れられない。俺の身体の至る所に傷がある」
その後、手をオール代わりにした自力の船で命からがらスペインへ渡ったガヌーは26歳でフランスに行くのだが、ボクサーとして成功を掴もうと降り立った念願の地でも、路上生活を余儀なくされる。
それでも「俺は何も持っていなかったが、夢とそれを信じる想いだけは失わなかった」という男は、ようやく住み込みのジムをみつけ、13年に総合格闘家デビュー。29歳で世界最高峰のUFCとの契約を締結。そして、5年間の戦いを経て、ついにチャンプの座に就いた。
18年にミオシッチに敗れた際には、限界説も囁かれた。だが、それを見事に一蹴したガヌーは、自らを支えてくれた人々に対する感謝を口にしている。
「俺のことを見捨てずに、ずっとそばいてくれた人に感謝したい。すべて自分との約束だった。信じて進んでいくことがね。周囲の疑念は自分が夢を実現させていくことで払拭(ふっしょく)できている。満足感を感じている。幼少期のこともあるが、今は幸せだ」
ミオシッチ戦後には「もっと強くなりたい」と語ったガヌー。心身ともに充実しているベテラン戦士に、今のところ敵は見当たらない。
構成●THE DIGEST編集部