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格闘技・プロレス

「米プロレスを変え伝説となった」グレート・ムタの引退試合に米メディアが脚光!盟友も敬意「俺たちは革新的なことをやった」

THE DIGEST編集部

2023.01.23

引退試合を迎えたムタ(左から二人目)。WCW時代からの盟友スティング(一番右)はタッグパートナーとしてリングに立った。写真:田中研治(THE DIGEST写真部)

引退試合を迎えたムタ(左から二人目)。WCW時代からの盟友スティング(一番右)はタッグパートナーとしてリングに立った。写真:田中研治(THE DIGEST写真部)

 日米マット界をまたにかけたダークヒーローが、魔界の門を永久に閉めた。

 武藤敬司の「悪の化身」として人気を博したグレート・ムタが1月22日、横浜アリーナで開催されたプロレスリング・ノア『GREAT MUTA FINAL " BYE-BYE"』で引退試合を行なった。メインイベントは、ムタ&スティング&ダービー・アリンVS丸藤正道&AKIRA&白使が6人タッグマッチで激突。ムタが最後のリングに上がった。
【動画】日米のレジェンド、グレート・ムタのラストファイトはこちら

 アメリカWCW時代からの盟友スティングらとタッグを組んだムタは、1996年の新日本で壮絶な戦いを繰り広げた白使から閃光妖術を決め、3カウントを奪った。試合後には白使から滴った血で卒塔婆に「完」の文字をしたため、”27年前の再現”を演じ、プロレスファンを大いに沸かせた。

 1989年に米国マットで誕生してから34年。ダークヒーローは惜別の毒霧を天に向け噴射し、リングに別れを告げると魔界へ帰還した。

 ムタの引退試合は、誕生の地となったアメリカのメディアも熱視線を送っていた。現地22日、米スポーツ・メディア『The Ringer』は「ケイジ・ムトウのグレート・ムタとしての偉大な旅路」と題した特集記事を掲載した。記事は、ムタが米NWA及びWCWで華々しく活躍し、新日本、全日本、ノアと活躍の場を広げてきた軌跡を詳細に振り返っている。

 記事を掲載したフィル・シュナイダー記者は「ムタは間違いなく、多くのアメリカのプロレスファンが最初に目にした日本人レスラーのひとりだ」と断言している。「1989年3月にNWAでデビューすると、彼は1年足らずでアメリカのプロレスを変え、伝説となった。また、ムタはアメリカでの活躍の勢いに乗って、日本でも本名のケイジ・ムトウと化身のグレート・ムタとして大スターになった」と、米国でのブレイクをきっかけに、日本のトップレスラーへと階段を駆け上がっていったと言及している。
 
 同記者も引退について惜しむ声を寄せており、「ムタが伝説的なキャリアに幕を下ろそうとしている。日本で3大タイトル(GHCヘビー級選手権、全日本三冠ヘビー級選手権、IWGPヘビー級選手権)をすべて保持した4人のうちの1人である」と、ムタを日本マット界のレジェンドの一人だと指摘している。

 同メディアは続けて、「ムタは最初から天才的な選手だった。その活躍ぶりはスクリーンから飛び出すほどだった。表向きはヒールとしてプロレスをしていたが、すぐに全米マット界で最も人気のあるレスラーの一人となった」と賛辞を惜しまない。

 ムタとタッグパートナーを組んだスティングは同メディアに対し「ムタは私に似ていて、私も彼に似ていた。私たちは年齢も近く、同じ時期に育ってきたんだ」と語っている。

 加えてスティングは「俺たちは自分たちのやり方で、革新的な誰もやったことがないことをやろうとした。ムタは間違いなく日本でそれをやったし、俺はここアメリカでそれをやったと思う」と盟友への思いを馳せる。

 日米のマット界を虜にした魔界の住人は最後に「”BYE-BYE” EVERYBODY」と静かにコメントを残し会場を去ったが、幾多の名勝負を繰り広げたレジェンドの功績には、米メディアも賛辞を送っているようだ。

構成●THE DIGEST編集部

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