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格闘技・プロレス

【訃報】新日本プロレス旗揚げメンバー木戸修さんが急死! 脇固め、キドクラッチ、札幌大人気、対抗戦などで活躍

どら増田

2023.12.15

2020年に行なわれたプロレスリング・マスターズ大会。左から3人目が木戸さん。写真:萩原孝弘

2020年に行なわれたプロレスリング・マスターズ大会。左から3人目が木戸さん。写真:萩原孝弘

 新日本プロレスは元プロレスラーの木戸修さんが今月11日に亡くなられたことを14日公式サイトで発表した。73歳の若さだった。娘のプロゴルファー木戸愛は1日に結婚発表をしたばかりだった。新日本には事前に知らされていたようで「ご遺族の意向に沿い、葬儀後に皆様へのご報告を予定しておりましたが、SNS等で情報が広まっておりましたため、予定から前倒す形でのお知らせとなりました。通夜並びに葬儀につきましては、ご遺族のご意向により、近親者のみにて執り行う予定です」としている。
 
 木戸さんは1969年2月21日に日本プロレスでプロレスデビュー。1972年3月、アントニオ猪木、魁勝司、山本小鉄、柴田勝久、藤波辰巳(辰爾)とともに新日本プロレスに旗揚げメンバーとして参加。海外遠征時には、カール・ゴッチに師事して、ゴッチ道場で技術を習得。ゴッチからは「私の息子」と言われるほど溺愛され、木戸さんもゴッチを慕っていた。1984年9月にはゴッチが協力していた第1次UWFに移籍。前田日明、スーパー・タイガー、藤原喜明らと格闘スタイルのリングで実力を発揮すると、1985年12月には新日本マットに復帰。格闘志向の強いUWF勢において木戸さんはロープワークを率先して使うなど、柔軟なプロレスを披露し、秘技キドクラッチを開発した。1986年8月5日の東京・両国国技館大会では初代王者チームの藤波&木村健悟を破り、前田とのタッグでIWGPタッグ王座を奪取した。

 前田、藤原、高田らが第2次UWF旗揚げに向けて再び新日本を退団するも、木戸さんはそのまま新日本に残り、木村とのKKタッグを結成。1990年2月10日の新日本プロレス東京ドーム大会ではKKタッグと、全日本プロレスの五輪コンビこと、ジャンボ鶴田&谷津嘉章の夢の対決が実現。最後は敗れてしまったものの、木戸さんが鶴田にワキ固めを決めたシーンは名場面として語り継がれており、その後も全日本、SWSを経てWARを旗揚げした天龍源一郎が新日本と対抗戦を行った際にも、当時現場監督だった長州力が新日本の“隠し玉”として木戸さんを対抗戦に投入。天龍の腕をワキ固めで破壊する活躍を見せた。また北海道・札幌中島体育センター別館(現在は廃館)大会では、異常とも言える“木戸人気”が大爆発。応援ののぼりが立つなど、当時は専門誌でも「札幌で異常なる木戸人気」「札幌男」など騒がれていた。またグレート・ムタと対決した際に毒霧を喰らい頭に来た木戸さんが、試合後に別人格である武藤敬司を捕まえて説教をしたというエピソードもある。
 
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