競馬

【名馬列伝】ぶっつけGⅠ参戦の常識を打ち破った“奇跡の馬”サクラスターオー。稀有な壮挙を成し遂げた蹄跡

三好達彦

2025.06.28

サクラスターオーと鞍上の東信二騎手。写真:産経新聞社

 外部の育成牧場やトレーニング・センター内にある厩舎の技術的進歩などから、数か月の休養明けをぶっつけで臨んだGⅠレースを制することもしばしば目にするようになった。しかし1980年代のなかばに於いては、まだレースを使いながら調子を上げていくというスタイルが主流であり、ぶっつけでのGⅠ参戦はよほどの理由がなければ行なわれなかったし、それで良績を上げる馬は皆無に等しかった。

【動画】「菊の季節に桜が満開!」サクラスターオーが奇跡を起こした伝説のレース

 そうした旧弊を真正面から打ち破った"奇跡の馬"がいる。1987年のクラシック戦線を戦ったサクラスターオーである。その稀有な壮挙を成し遂げた魂の名馬が刻み付けた蹄跡を追ってみたい。

 サクラスターオーは1984年5月2日、北海道・静内町にある名門、藤原牧場で生まれた。父は1978年の日本ダービーを制したサクラショウリ(シンボリ牧場生産)、母は日高地方きっての名門である藤原牧場が誇る牝系「スターロツチ系」に連なるサクラスマイル(父インターメゾ)というのがその血統。叔父には1981年のスプリンターズステークスなど短距離の重賞で3勝を挙げたサクラシンゲキ、1986年の天皇賞(秋)に優勝したサクラユタカオー(サクラバクシンオーの父)がいた。いずれも藤原牧場が生産し、"サクラ"の冠号で知られる馬主の全演植(名義は「㈱サクラコマース」)が所有した馬たちである。

 本来ならサクラスターオーは、"サクラ"の馬のメインステーブルである美浦の境勝太郎厩舎に預けられるのが自然な流れだった。しかしこの年、サクラオンリーという馬で中山大障害(秋)を制してから馬主の全と親交があった元騎手の平井雄二が新規に厩舎を開業し、平井は境に「開業祝いとして境厩舎に入る予定だった馬を1頭譲ってほしい」と要望を出していた。それを境が相談すると、オーナーの全はその要望を認めて牡駒を1頭、平井に預けることにした。それがサクラスターオーであった。スターオーを幼駒の時代から見ていた境は入厩の際、平井に向けて「未勝利で終わるような馬じゃないからな」と言葉を添えたのだという。
 
 サクラスターオーは脚への負担を減らすため、強い調教を施さないままデビューを迎える。"サクラ"の主戦騎手である小島太の手綱で迎えた2歳10月の新馬戦(東京・芝1600m)は1番人気ながら惜しくも2着。しかし同条件で行なわれた新馬戦では4番手から確かな末脚で先行勢を差し切り、2着に1馬身半差を付けて快勝した。

 そして年明けは2月末の寒梅賞(400万下、東京・芝1800m)に出走。8番人気となり、後方からレースを進めたが、勝ったマティリアルから0秒4差の5着に敗戦。"クラシック候補"と呼ばれるシンボリ牧場のエース、マティリアルの前に力の差を見せつけられる格好となった。
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弥生賞を優勝。クラシックの舞台へ