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食と体調管理

「できることならずっと野球を続けたい」故郷での新たな挑戦に挑む内川聖一がプロ野球界に残したものと競技人生を支える食習慣

SLUGGER編集部

2023.03.01

写真:GettyImages

写真:GettyImages

――レギュラー定着がなかなか果たせなかったことは先ほどもおっしゃっていましたが、プロ入り後の壁にどのように向き合っておられたんでしょうか?

 正直、そのときは向き合えてなかったですね。ちょっと斜に構えて、直視していなかったところがあったかもしれないです。

 プロ入り直後は同年代でも一番試合に出ていたし、1年目に一軍に行ったこともあって、ずっと自分が1番だったはずが段々とそうじゃなくなってしまっていました。

 でも、それを自分のせいだと受け止めていなかったのかなと。怪我も多かったので、本当に全部俺のせいなのかな?と思いながらモヤモヤした気持ちで野球をやっていました。

――そうした中で08年に、現在でも右打者として史上最高打率.378で首位打者になられた。このシーズンを振り返ってどうでしたか?

 実はそのシーズンで結果が出なければ野球をやめるつもりだったんですよ。1月の自主トレに行く前に、「今年レギュラー取れなかったらやめるわ」って母親に話していたんです。毎年レギュラー候補に挙がりながら取れないということを7年続いていて、このままじゃ無理だなって。

 心のどこかでは母親が「もっと頑張りなさいよ」とか「まだまだできる」と言ってくれることを期待していた気持ちもあったと思います。でも「いいんじゃない。もうやることやって駄目だったら、別に無理して頑張ってほしいと思ってないし、やめて帰ってきなさい」と言われて、あれ?本当に全部やったのかな?と考えさせられました。

 また、その年は杉村(繁)さんがベイスターズのコーチになられて、いろいろ話をしてくれたです。バッティングに自信をもってプロ入りしていたので、それまでは自分のバッティングを変えたいと考えたことはなかったのですが、もう今年で辞めるから関係ないと開き直って変えてみたんです。

そんなことがあったからこそ取れた首位打者だったんだと思います。
 
――それで翌年には、WBCにも出場。高校時代から憧れていた待望の日の丸をつけた時のお気持ちはどんなものでしたか?

 合流して最初はこんなすごいメンバーの中で、俺ちょっとできないなと思いましたね(笑)

 イチローさんがいて、福留(孝介)さんがいて、城島(健司)さんがいて、松坂(大輔)さんもいましたからね。一緒に選ばれた亀井(義行)と片岡(治大)と中島は歳が一緒で、野手では最年少組で、特にカメとヤスとは自分たちのことを勝手にBチームって呼んでました(笑)

 僕が行く時は他の3人がBチーム代表として頑張れよって声をかけてくれて、カメとヤスがヒットを打った時は僕もめちゃくちゃ嬉しかった。日の丸の重みはもちろんありましたけど、すごい先輩たちについていくしかないよね、やるしかないよねという思いが大きかったですね。
 

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