――それを聞いて、最初はどう思いました?
「実は私、それまで競輪というものを知らなくて、小松島に競輪場があることもまったく知らなかったんです。だから自分でいろいろ調べて、好きな自転車を職業にできる、自分の好きなことで食べていけるなんて素敵、やってみたい! と思うようになりました」
――先生を辞めて競輪選手を目指すという大胆な決断に、周囲の反応は?
「最初に電話で母に相談したんですが、すぐに『やりたいならやってみれば』と、背中を押してくれました。私は小さい頃からやりたいことがたくさんある子で、いろんなことに手を出してきたので、母はわかっていたみたいです。だから『やらずに後悔より、やって後悔じゃない』って。そんな家族の支えもあったので、思い切って挑戦しました」
――技能試験は一発合格だったそうですが、かなり練習したんですか?
「師匠のご指導のおかげで、合格できました。ロードとはフォームも走り方も違うので、最初は結構苦戦して、半年くらいタイムが出なくて苦しい時期がありました。でも、急にタイムが出るようになって、そこから軌道に乗った感じです。ただ、当時は昼間の仕事と並行していたので、すごく大変でした。土日も師匠と予定が合わず、バンクに入れるのは月に1回あるかないか。なので、普段は夜ひとりで街道練習をしていました。あとは家にあった三本ローラーに乗ったりして。試験を受けた年の4月から10月までの半年間は、朝6時前に起きて、夜8時30分に家に帰ってくる。9時から11時まで自転車に乗って、12時くらいに寝て、次の日また6時起きの生活をしていました。振り返れば、あの時期が体力的にも一番厳しかったです。それでも、ちょっとずつタイムが出るようになり、競輪選手としてやっていきたい思いも強くなっていたので、頑張ることができました」
――合格を聞いて、皆さん喜ばれたでしょう。
「同じ職場の先生方には驚かれました。ずっと秘密にしていたので。養成所に受かる前に辞表を出していて、なんで辞めるんだろうって雰囲気のなか合格発表があって、実は……という感じでした。私の合格を聞いて興味が湧いたのか、『競輪を見るようになったよ』と声を掛けてくれる方がたくさんいたので、すごく嬉しかったです」
――養成所に入所してから一月が経ちました。集団生活はどうですか?
「高校を卒業したばかりの18歳の子が多いので、最初は若い子たちに馴染めるかなって不安がありましたが、すぐにみんなと仲良くなって、楽しく過ごせています。ギャップを感じるのは……ジャニーズの話題になった時とかですかね。私はそのあたりが疎くて、嵐くらいで時代が止まっているので(笑)。最近流行りのK-POPの話題とかについていけないこともありますが、自分から『教えて!』と飛び込んで、勉強しています」
――1回目の記録会では黒帽子(スピードはあるが持久力に劣る)だったんですね。
「はい。だけどやっぱり、(スピード、持久力が特に優れている)金色(ゴールデンキャップ)を被りたいです。ずっと狙ってきたので。1回目の記録会の時も、自分のなかで『自分を信じられるのは自分だけ』と思って、自分を信じて少し無謀だなって思うタイム設定をしたんですけど、4種目中3種目で自己ベストを出せました。2回目と3回目の記録会では、絶対にゴールデンを取れるように頑張ります!」
――将来的にはどういった選手になりたいですか。
「やっぱり、グランプリで1位を獲れるようなトップ選手になりたいです」
――最後に、競輪選手を目指す可能性のある後輩たちへアドバイスをお願いします。
「私は、昔から『人生一度きり』という言葉をモットーに生きてきました。やりたいという気持ちがあって、諦めず努力したら結果が出ることを今回の試験を通して実感しました。やりたいこと、なりたい自分があるなら、それに向かって自分を信じて突き進めばいい。たとえ結果が出なくても、努力自体は無駄にならないと思う。私は、やっぱりやって後悔の方を選んでよかったと思うので、みんなもやりたいことがあるなら、やって後悔の道を選んでほしいと思います。強い気持ちさえあれば、どのタイミングでも、何歳になっても挑戦できると思います」
取材・文 粕川哲男
「実は私、それまで競輪というものを知らなくて、小松島に競輪場があることもまったく知らなかったんです。だから自分でいろいろ調べて、好きな自転車を職業にできる、自分の好きなことで食べていけるなんて素敵、やってみたい! と思うようになりました」
――先生を辞めて競輪選手を目指すという大胆な決断に、周囲の反応は?
「最初に電話で母に相談したんですが、すぐに『やりたいならやってみれば』と、背中を押してくれました。私は小さい頃からやりたいことがたくさんある子で、いろんなことに手を出してきたので、母はわかっていたみたいです。だから『やらずに後悔より、やって後悔じゃない』って。そんな家族の支えもあったので、思い切って挑戦しました」
――技能試験は一発合格だったそうですが、かなり練習したんですか?
「師匠のご指導のおかげで、合格できました。ロードとはフォームも走り方も違うので、最初は結構苦戦して、半年くらいタイムが出なくて苦しい時期がありました。でも、急にタイムが出るようになって、そこから軌道に乗った感じです。ただ、当時は昼間の仕事と並行していたので、すごく大変でした。土日も師匠と予定が合わず、バンクに入れるのは月に1回あるかないか。なので、普段は夜ひとりで街道練習をしていました。あとは家にあった三本ローラーに乗ったりして。試験を受けた年の4月から10月までの半年間は、朝6時前に起きて、夜8時30分に家に帰ってくる。9時から11時まで自転車に乗って、12時くらいに寝て、次の日また6時起きの生活をしていました。振り返れば、あの時期が体力的にも一番厳しかったです。それでも、ちょっとずつタイムが出るようになり、競輪選手としてやっていきたい思いも強くなっていたので、頑張ることができました」
――合格を聞いて、皆さん喜ばれたでしょう。
「同じ職場の先生方には驚かれました。ずっと秘密にしていたので。養成所に受かる前に辞表を出していて、なんで辞めるんだろうって雰囲気のなか合格発表があって、実は……という感じでした。私の合格を聞いて興味が湧いたのか、『競輪を見るようになったよ』と声を掛けてくれる方がたくさんいたので、すごく嬉しかったです」
――養成所に入所してから一月が経ちました。集団生活はどうですか?
「高校を卒業したばかりの18歳の子が多いので、最初は若い子たちに馴染めるかなって不安がありましたが、すぐにみんなと仲良くなって、楽しく過ごせています。ギャップを感じるのは……ジャニーズの話題になった時とかですかね。私はそのあたりが疎くて、嵐くらいで時代が止まっているので(笑)。最近流行りのK-POPの話題とかについていけないこともありますが、自分から『教えて!』と飛び込んで、勉強しています」
――1回目の記録会では黒帽子(スピードはあるが持久力に劣る)だったんですね。
「はい。だけどやっぱり、(スピード、持久力が特に優れている)金色(ゴールデンキャップ)を被りたいです。ずっと狙ってきたので。1回目の記録会の時も、自分のなかで『自分を信じられるのは自分だけ』と思って、自分を信じて少し無謀だなって思うタイム設定をしたんですけど、4種目中3種目で自己ベストを出せました。2回目と3回目の記録会では、絶対にゴールデンを取れるように頑張ります!」
――将来的にはどういった選手になりたいですか。
「やっぱり、グランプリで1位を獲れるようなトップ選手になりたいです」
――最後に、競輪選手を目指す可能性のある後輩たちへアドバイスをお願いします。
「私は、昔から『人生一度きり』という言葉をモットーに生きてきました。やりたいという気持ちがあって、諦めず努力したら結果が出ることを今回の試験を通して実感しました。やりたいこと、なりたい自分があるなら、それに向かって自分を信じて突き進めばいい。たとえ結果が出なくても、努力自体は無駄にならないと思う。私は、やっぱりやって後悔の方を選んでよかったと思うので、みんなもやりたいことがあるなら、やって後悔の道を選んでほしいと思います。強い気持ちさえあれば、どのタイミングでも、何歳になっても挑戦できると思います」
取材・文 粕川哲男




