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競馬

【名馬列伝】名門牧場の名を継いだシンボリクリスエス。国内外の名手を背に主役を張った藤沢和雄厩舎を代表する漆黒の傑作

三好達彦

2025.03.25

 2001年10月の新馬戦(東京・芝1600m)を快勝したシンボリクリスエスだったが、その反動から順調さを欠き、復帰は3歳になった翌年の1月末までずれ込む。そこからの3戦は2着、3着、3着と3連敗。しかし、4月の山吹賞(500万下、中山・芝2200m)で2勝目を挙げ、日本ダービー(GⅠ、東京・芝2400m)への出走をかけてトライアルの青葉賞(GⅡ、東京・2400m)へ臨む。それまで手綱をとった岡部幸雄、横山典弘が他馬との関係で騎乗できなかったが、陣営は武豊を鞍上に招いて勝負をかけると、シンボリクリスエスは中団の後ろ目から豪脚を繰り出して突き抜け、さらには2着に2馬身半差をつけて圧勝。一躍、ダービーの有力候補との評価を受けるようになった。

 皐月賞(GⅠ)、NHKマイルカップ(GⅠ)をともに3着としたタニノギムレット、皐月賞馬のノーリーズンに次ぎ、単勝3番人気に推されたシンボリクリスエス。名手・岡部に手綱が戻った彼の走りは完璧だった。中団の8番手を進んで直線へ向くと、じわじわと脚を伸ばして先頭を窺う。しかし、そこへ外から襲い掛かった武豊騎乗のタニノギムレットに差し切られ、1馬身差の2着に屈してしまう。調教師の藤沢は、青葉賞を経由して出走した馬がダービー未勝利であることを尋ねられると、「(シンボリ)クリスエスほどの馬でも、トライアルで権利をとった馬が勝つのは難しいということ」と、悔しさを吐露したという。
 
 ひと夏を越してたくましさを増したシンボリクリスエスは始動戦として菊花賞(GⅠ、京都・芝3000m)のトライアル、神戸新聞杯(阪神・芝2000m)に出走。ここでノーリーズンを退けて重賞2勝目を挙げると、藤沢はオーナーの和田に秋の天皇賞(GⅠ、中山・芝2000m)への参戦を打診する。より距離適性の高いレース選択をしたい旨を告げると、1996年に3歳のバブルガムフェローで同レースを制した経験を持つ藤沢の実績を認めていた和田は、その意に賛同。決して低いとは言えない古馬の壁に挑むことが決まった。

 この年の天皇賞(秋)は、東京競馬場が改修に入っていたため、35年ぶり2度目となる中山での開催。シンボリクリスエスは、GⅠレース3勝のテイエムオーシャン、中長距離戦線で常に好走してきたナリタトップロードに続き、単勝オッズ6.5倍の3番人気でレースに臨んだ。

 ゲートが開くや、シンボリクリスエスはインコースの6番手という好位をキープ。絶好の手応えで直線へ向くが、先行集団が壁となり、一時は進路が狭くなる。しかし前にあいたスペースをこじ開けるように抜けると、一気の伸びで先頭に躍り出て、強襲したナリタトップロードを3/4馬身抑えて優勝。GⅠ初制覇を古馬混合戦で達成する離れ業をやってのけた。

 その後、鞍上はフランスで一時代を築いた名騎手オリビエ・ペリエにスイッチ。ジャパンカップ(GⅠ、中山・芝2200m)でファルブラヴからハナ+クビ差の3着に好走し、続く有馬記念(GⅠ、中山・芝2500m)では逃げ込みを図るタップダンスシチーを半馬身交わして優勝。秋シーズンの4戦3勝、3着1回という実績が評価され、この年のJRA賞年度代表馬に選出された。
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