シドニーの後、テレビや取材が増えて、選手たちが少しどこかで勘違いしたところがあったのかもしれないですね。2003年のSARSの影響で海外遠征ができず、調整が予定通りに行かなかったのも大きかった。そういう中で現地入りしたら、上野がいきなり発熱してしまったんです。私の中では対戦相手が決まった時点でどういう選手起用をするかをある程度、決めていたので、そこから迷いが生じました。
でも上野を出すと決めていた以上、貫くべきだと思って、初戦のオーストラリア戦に臨みましたが負けてしまった。そこから何とか立て直して決勝ラウンドに進んだところ、中国戦の前に今度は上野が蜂に刺されるトラブルがあって腕が腫れてしまったんです。その試合は何とか乗り切ってくれたものの、再びオーストラリアに負けて3位。全ての歯車が狂ったまま終わった印象ですね。
ーーやはり上野選手の存在感は大きいですね。
アテネ五輪直前の発熱はクールダウンで水深の深いプールに入ったのがよくなかったみたいで、本人も健康管理の大切さを身に染みて感じたはず。2008年北京五輪の時はかなり入念に準備をしていましたね。
北京の時は斎藤春香監督で、私も解説者として現地入りしていたので「上野に託した方がいいよ」とよく話をしていました。(現日本代表監督の宇津木)麗華も日本から毎日のように本人に電話を入れて、アドバイスしていたと思います。
最終的に準決勝・アメリカ戦。決勝進出決定戦のオーストラリア戦、さらに翌日の決勝・アメリカ戦で上野は413球を投げて日本を優勝に導いたわけですけど、斎藤監督も覚悟を決めて使ったと思います。解説していた私のところには「うるさい」「お前は監督じゃない」というお叱りのメールも届きましたけど、私も一緒に戦っていたんですよね。金メダルというのはソフトボール界全体の夢でしたから、最後にアメリカに勝った瞬間は本当に嬉しかった。上野や選手たちに感謝しかなかったです。
ーーそれからソフトボールが再び五輪競技から外れてしまい、13年間もの空白期間を強いられました。
私はその間、欧州やアフリカなどへ普及活動へ行きました。でも後進国は物資がなかったり、指導者がいなかったりして、本当に大変だった。地道にやっていくしかないと痛感させられました。
五輪復活の活動もしていたので、2013年9月のブエノスアイレスのIOC総会で東京五輪開催が決まった時は感無量でしたし、「また勝たなきゃいけない」っていう使命感も湧いてきました。それは東京五輪の代表監督に決まった麗華にも言いました。「日本でやるからにはいろんなバッシングもあるだろうけど、覚悟してやらなきゃいけないよ」と。でも彼女は自信があったと思います。
ーーそんな矢先の2020年に新型コロナウイルス感染拡大という予期せぬ出来事が起き、五輪が1年延期になりました。
ソフトボールはチームスポーツなので「みんなで集まって練習できるのかな」という不安がありましたね。麗華は1人1人に足りないものを注文したり、オンラインで話をしたりして、ハッキリと伝えていたようです。彼女は中国出身なので、遠回しに言う日本人と少し違ったメンタリティを持っている。それがすごくよかったですね。
私のところにも「妙子さんはどう思う」とよく聞いてくれました。指導者って最初は「教えてください」と頼ってきますが、独り立ちしたらコミュニケーションがなくなることも多いですが、麗華はそうじゃなかったですね。私は「麗華が決めたんだったらいいよ」って背中を押していました。誰だって間違えることがあるし、麗華も失敗しながら成長すればいいと考えていたんで、ただ聞いてあげることだけに徹しました。
ーー宇津木さんの苗字も引き継いだ麗華監督が率いたチームが2021年の東京五輪で優勝した時はどんな思いでしたか?
私はシドニーの時にピッチャー起用で失敗しましたけど、麗華は判断が早かったですね。メキシコ戦で上野が打たれた後にすぐに後藤(希友=戸田メディックス埼玉)につないで勝利したり、決勝・アメリカ戦でも上野を早めにリリーフで使うなど、本当に思い切りが良くて感心させられました。
教え子が私のミスから学んで、同じような失敗をしないようにしているのかなと思うと、私の経験も無駄ではなかったのかなと。麗華だからこそ、勝てたんだと思います。ただ、無観客だったのは本当に残念でしたね。東京五輪は復興五輪であり、ソフトボールは福島のあずま球場でも試合をしましたよね。そこに赴いた6か国の監督に「東北の人たちにこの競技の素晴らしさを伝えて、頑張っている姿を見せてほしい」とお願いしていたんです。それと東京の後、野球・ソフトボールが五輪競技から外れることも決まっていたので、世界に向けてアピールすることもお願いしました。それを具現化するためにも、多くの人に見てもらいたかったのが本音ですね。
ーー2028年 ロサンゼルス五輪では再びソフトボールを見ることができます。
麗華が監督を続けることが決まり、3連覇がかかる大会になります。今度はアメリカの地で戦うわけだから、相手もいろんなことを考えてやってくると思う。どんなチームになるのか今から楽しみです。上野はケガがなければ続けると思います。あの強靭な精神力は凄まじいですから。加えて、2024年にはJOCのコーチセミナーに参加し、指導者の資格も取って、人間的にも大きく変わりました。今の若手にとって上野は雲の上の人でしょうから、「自分から下に降りていかないとダメだよ」とよく言っていますけど、後輩たちと話をして、時には叱ったりと、いろんなことを伝えようという姿勢を見せてくれています。
ーー上野さんの後継者と言われる後藤さんなど若手の成長も期待されます。
後藤は今季から戸田に移籍しましたけど、いろんな経験を積んでほしいです。本人は「球種の勉強をしたい」と言っているようで、麗華が東京五輪後にライズボールの習得を勧めたと聞いています。今年は代表としても日米対抗などの大会もありますし、そこで彼女がどう成長していくのかが楽しみですね。それ以外のピッチャーだと、ビッグカメラの勝俣(美咲)とか、シオノギの三輪さくら、日立の坂本実桜あたりがどう化けていくのかが興味深いです。
ただ、全体的に見ると、若いピッチャーが伸び悩んでいる印象はありますね。高校から社会人になるとボールがゴムから皮に変わるので、なかなか投げるのが難しくなるんです。上野や後藤はすぐに投げることができましたけど、そういう逸材はなかなか見当たらないのが実情ですね。麗華がこれから合宿でどういう人材をピックアップしていくのかも視野に入れつつ、チームの完成度を見極めていきたいですね。
ーースポーツを頑張っているアスリートへのアドバイスをいただけますか?
日本の場合はスポーツが文化として完全に根付いていない部分もあるように感じていて、五輪の年だけはワーッと盛り上がるけど、それ以外の時期は話題にも上らなくなることがよくありますから。プロのある野球やサッカー、バスケットボールは違うかもしれないですけど、スポーツを文化にしていくことが大切だと思います。
ソフトボール界も上野だけじゃなくて、いろんなスター選手が出てきて、競技の魅力や向き合い方をアピールできるような存在になってほしいと心から願っています。
ーー最後に今後の目標は?
2028年ロサンゼルス五輪で野球・ソフトボールが正式競技に復活し、麗華が代表監督を続投することになりましたから、その成功をまずはサポートしていきたいと思います。
それと同時に、個人的には少子化の中、子供たちに体を動かすことの楽しさを知ってもらえるような活動を続けていきたいんです。
今、幼稚園・保育園を回ってソフトボールの普及活動をしているんですけど、スポンジのボールを触ってもらって、「これは柔らかいボールだけど、もし友達に当てちゃったらどうする」と問いかけると、「そういう時はごめんねって言う」「当たった方は大丈夫だよって返す」と、みんな答えを持っているんです。
そういうボール遊びの中から挨拶や礼儀作法を学んだり、会話のキャッチボールをしていくことはすごく意味あることだと思います。大きなケガは本当に気を付けないといけませんけど、「ボールが当たったら痛い」「転んだら痛い」というのを子ども自身が知ることで、気を付けるようになるし、注意深くもなる。そうやって子どもたちが強さと逞しさを身に着けられるように仕向けていきたいんです。スポーツはそのための有効な手段。体を動かして、仲間と助け合ったり、切磋琢磨し合うような経験をしてほしい。私は体が動く限り、走り続けます。